弁護士コラム

2019.06.19

テレビ番組制作において気をつけたいポイント~番組内容の著作権~

テレビ番組制作において一番重要なのは、その番組がどのような内容であるかという事ではないでしょうか。視聴者を惹きつけるような企画や番組構成であれば視聴率も上がり、話題になることでスポンサー広告収入なども得られることでしょう。
他方で、このような人気番組と内容も構成も似ている・・・というような番組も見かけることがあります。このような番組は法的に問題ないのでしょうか。

1.番組の企画は、著作物となる?

世の中にはたくさんのテレビ番組があり、ドラマ、クイズ番組、トークバラエティなどジャンルも様々です。そんな中、例えば、新しいクイズ番組の企画を立ち上げ、以前とは違った斬新なセットを組み、出題形式も目新しいものを制作したとします。その結果、高視聴率をあげる人気番組になりました。

しかしながら、その後この番組と似たような構成のクイズ番組が他局でも放送されるようになってしまいました。この場合、類似性の観点から著作権侵害にあたり違法ではないかと思われるかもしれませんが、実は違法ではありません。
まず、著作権が保護される著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」をいいます。

先ほどの、クイズ方式やルール、競技は上記のような「思想」や「表現」ではなく「アイデア」と見なされており、著作権法の対象となる「著作物」にあたらないためです。
もちろん、その番組自体はテレビ局や制作会社の「著作物」ですので権利は発生しますが、企画や構成、ルールなどはアイデアと同等なので、他者がその部分を真似しても問題はありません。実際に、アイデアは著作物ではないことを示した裁判例もあります。

内容としては、独自のルールを用いてゲームを考案したXさんがいました。Xさんは、とある映画内で自分が考案した独自ルールに類似したゲームが使われていることを知ったため、当該映画の制作会社に対し著作権侵害を訴えましたが、裁判所は、アイデア自体は「著作物」ではないとして訴えを退けました。

なお、アイデアは著作物しかしながら、セット自体や小道具は「表現」として著作物とみなされる場合はあります。したがって、番組のセット(出演者の後ろに映るパネルや座席のデザインなど)や小道具が他の番組のセット等とよく似ていた場合、著作権侵害のおそれがあります。

前述しましたが、番組には様々なジャンルがあり、放送局も増えてきた中、番組を作ろうとするとどうしても企画が他の番組と似通ってきてしまうものです。現時点では、似たような番組構成についての訴訟で違法となった例はないようですが、あからさまに人気番組と同じ構成であった場合、視聴者に「二番煎じだ」と思われ不快感を与えかねません。
許容範囲を超えない、適切な番組制作・企画を行うようにしましょう。

2.ドラマや映画のパロディは問題ない?

1.ではクイズ番組を例に挙げましたが、他にもテレビ番組で見られるのがドラマなどのワンシーンをコント番組でパロディにし、笑いをとるといった場面です。
ドラマ自体は著作物となるわけですが、こういった「他人の著作物」を利用するということについて、どんな場合においても許諾が必要なのでしょうか。また、許諾申請をしなければ必ず著作権侵害になるのでしょうか。

(1)他人の著作物の利用

判例によると、他人の著作物と自身の著作物とで照らし合わせて、表現上の本質的特徴が同じと判断できれば類似性があると認められるため、他人の著作物の使用許諾が必要であり、許諾がなければ著作権侵害として違法となります。これに対し、本質的特徴が同じでなければ類似性が認められないため、他人の著作物の使用許諾は不要となります。

たとえば、時代劇や大衆演劇などについては話の展開や殺陣、振る舞いに一定のパターンがありますが、これは上記判例のいう、「表現の本質的特徴が同じ」と判断され、類似性が認められるのでしょうか。
まず、前提として、1.で述べた通り、著作物として保護されるものは、「思想」又は「表現」ですので、単なる「事実」や「事件」などは著作物にあたりません。そのため、著作物として保護されるためには、当該事実や事件を題材にして創作的な「表現」になっていることが前提です。

その上で、話の展開や、振る舞い等に一定のパターンがある場合は、他人の著作物の利用に該当するのではないかが問題になりますが、過去の裁判例の中には、こういった表現は武士の作法など歴史的史実も含まれており、さらに既存の作品にも多く登場していることから、「表現上の本質的特徴」とはいえないとして訴えを退けた裁判例があります。

以上を踏まえて、ドラマのパロディに上記の表現上の本質的特徴を照らし合わせてみると、ドラマの登場人物の設定はアイデアの部類になる、つまり表現に含まれないので、この設定を利用したコメディは問題ないといえます。

(2)節度を守った番組作りを

このようなドラマや映画のパロディは頻繁に行われていますが、今のところ、訴訟になった際に違法になった例はありませんが、著作権侵害にあたり違法になる可能性もゼロではありません。
パロディ元を揶揄したり、馬鹿にしたようなもの、質を落とすようなパロディは、権利者側が看過できないとして訴訟になってしまうこともあります。
そのパロディを放送することで、元となったドラマや映画の人気も上昇するなど、お互い有益になるような番組制作・企画作りを行うことがポイントです。

3.まとめ

今回は番組を企画する際や、他人の著作物の利用時に気をつけたい著作権や表現についてご説明しましたが、番組や作品というのはテレビや映画が存在する限り、これからも増えていくものです。

過去に似たような作品や番組がなかったか、また既存作品のパロディを行う場合は、既存作品の表現上の本質的特徴が同じではないか確認し、同じ場合は許諾を得るようにするなど、対策を行った上で番組制作を行いましょう。

2019.06.18

中小事業主に対する1ヶ月60時間超の時間外労働の割増賃金率引上げ

平成30年改正労働基準法(以下、「平成30年改正労基法」といいます。)により、令和5年4月1日から、中小事業主を含む全事業主に対して、1ヶ月間に60時間を超える時間外労働に「5割以上」の割増賃金率が適用されることになります。
施行日後、事業主に求められる実務の対応とはどのようなものでしょうか?

1.平成30年改正労基法「5割以上」の割増賃金率規定の経緯

すでに、平成22年4月1日に施行された改正労働基準法(以下、「平成22年改正労基法」といいます。)により、1ヶ月間に60時間を超える時間外労働について、法定の割増賃金率が「5割以上」に引き上げられています。ただし、この時間外労働の割増賃金率の引き上げについては、一定の中小事業主については、当分の間、適用が猶予されていました。

平成30年改正労基法では、中小事業主への月60時間を超える時間外労働に対する「5割以上」の割増賃金率の適用を猶予している平成22年改正労基法138条の規定が廃止されました。ただし、この規定についての施行日は、中小事業主への影響を考慮して、令和5年4月1日とされています。

2.平成30年労基法改正後の割増賃金の割増率

使用者は、時間外労働または休日労働を行わせた場合には、労働者に割増賃金を支払わなければなりません。時間外労働の割増賃金率は、通常の労働時間の賃金の「2割5分以上」です。ただし、1ヶ月間に60時間を超える時間外労働分については、「5割以上」です。また、休日労働の割増賃金率は、通常の労働日の賃金の「3割5分以上」です。

これらの割増賃金の支払義務は、法定労働時間及び週休制の原則の維持を図るとともに、労働者の過重な労働に対して補償を行おうという趣旨から定められているものです。

更に、使用者は、労働者に深夜労働(当日午後10時から翌日午前5時までの間の労働)を行わせたときは、それが所定労働時間内の労働であっても、通常の労働時間の賃金の計算額の「2割5分以上」の割増賃金を支払わなければなりません。

時間外・休日労働が深夜労働と重複する場合の取扱いについては、時間外労働が深夜労働の時間帯にわたる場合には通常の労働時間の賃金の「5割以上」の割増賃金を支払わなければなりません。

そして、1ヶ月間に60時間を超える時間外労働が深夜労働の時間帯にわたる場合には、通常の労働時間の賃金の「7割5分以上」の割増賃金を支払わなければなりません。また、休日労働が深夜労働の時間帯にわたる場合には通常の労働日の賃金の「6割以上」の割増賃金を支払わなければなりません。

3.割増賃金支払いの注意点は

使用者の労働者に対する割増賃金の支払いについては、次のことに注意が必要ですので、この機会に改めて確認をしましょう。

①2つの事業場で働いた場合は

1日のうちに甲事業場と乙事業場で労働した場合に、それぞれの事業場では法定労働時間内であっても、2つの事業場の労働時間の合計が法定労働時間を超えるときは、後で働いた事業場の使用者に割増賃金の支払義務が生じます。
甲事業場と乙事業場が同一企業、別企業のいずれであっても支払義務があります。

②法定労働時間内の残業の場合は

所定労働時間7時間の事業場で1時間残業するような法定労働時間内の残業については、時間当たりの賃金を支払えば良いとされており、割増賃金を支払う必要はありません。尚、法定労働時間は、1日8時間1週40時間と労基法に規定されています。

③法定外休日の出勤の場合は

労基法の定める割増賃金が必要なのは、4週間に4日の法定休日が確保できなかった場合です。ですので、法定外休日(例えば法定休日が日曜日である週の土曜日)の出勤であれば、休日労働として割増賃金(3割5分以上)を支払う必要はありません。
ただし、1週40時間の法定労働時間を超える場合は、時間外労働として割増賃金(2割5分以上)を支払う必要があります。

4.月給制の場合の平成30年労基法改正後の時間外労働の割増賃金の計算方法

割増賃金の計算手順は、まず「1時間あたりの基礎賃金」を計算し、そこに割増率と時間外・休日・深夜の実労働時間数を掛ける方法によります。
月給制の場合について説明しますと、割増賃金の計算の基礎となるのは「通常の労働時間(労働日)の賃金」で、これを一般的に「基礎賃金」といいます。

基礎賃金の内訳を大雑把にいうと、基本給に各種手当を加えた賃金です。ただし、各種手当のうち、「家族手当」「通勤手当」「別居手当」「子女教育手当」「住宅手当」「臨時に支払われる賃金(結婚手当、私傷病手当、退職金等)」「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)」は、基礎賃金に含まないとされています。

これを一般に「除外賃金」といいます。労基法において、賃金とは名称の如何を問わず、労働の対象として支払われるすべてのもののことです。わが国の賃金の実態をみると、家族手当、通勤手当など、労働との直接的な関係ではなく、各労働者の個人的事情に基づいて支払われる賃金が多くあります。

これらの賃金も全て割増賃金の算定基礎に含めると、同一職種で同一時間給を得ている労働者の間で、個人的事情に基づく手当の違いによる割増賃金額の差異が出てくることとなり妥当でないところから、労基法では「除外賃金」とされています。
上記より、時間外労働割増賃金の計算方法は次のとおりです。

※1 1年間の所定労働時間の総数を12か月で割って得た時間数のことです。
※2 1か月間に60時間を超える時間分については「1.5」となります。

5.まとめ

残業時間が1ヶ月間に60時間を超えると、割増賃金率が大幅にアップします。頭書のとおり、割増賃金の支払義務の趣旨は、法定労働時間及び週休制の原則の維持と、労働者の過重な労働に対して補償です。

この趣旨に鑑み、作業効率の見直しなど、事業者には残業時間の短縮を図る対応が求められます。事業者の皆様は、今後の労働時間整備について、一度専門家に相談されることをお勧めいたします。

2019.06.17

【不動産】専有部分のリフォーム

Q.私は現在、中古マンションに母と同居しています。将来的に母の介護が必要になることを見据え、床材を全面フローリングに張り替え、段差をなくしたいと考えています。
加えて、防犯対策のために現在の窓枠の内側にもう1枚窓枠を取り付け、二重サッシにすることも検討しています。こういった工事をする場合、管理組合の理事会の承認は必要ですか?

1.問題の所在

区分所有者が専有部分を利用するにあたっては、室内の不具合の補修や、居住する家族構成の変化などに応じた住環境の改善のため、模様替えや家具の取り付け、取り換え、修繕工事などのリフォームが必要となる場合があります。

しかしながら、マンション標準管理規約では、区分所有者は、

・建物の保存に有害な行為
・その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為

をしてはならないと定められています。マンション標準管理規約とは、国土交通省によって、管理組合が各マンションの実態に応じて、管理規約を制定、変更する際の参考として作成されたものです。

そして、リフォームの要否や内容に関する判断を区分所有者へ全面的に委ねた場合、後々管理組合や他の区分所有者との間でトラブルを発生させかねません。こういった状況を回避するため、マンション標準管理規約では、占有部分の修繕等の実施について、以下の規定が定められています。

理事会の承認が必要な場合

まず、専有部分の修繕の実施に際して、管理組合の理事会の事前承認が必要な場合があります。規約は以下のとおりです。

区分所有者が専有部分の修繕等を行おうとする場合、予め理事長に申請し、書面による承認を得なければならない。

① 対象となる修繕の内容

「床のフローリング、ユニットバスの設置、主要構造部に直接取り付けるエアコンの設置、配管(配線)の枝管の取り付け及び取り換え、間取りの変更」等が、理事会による承認の必要な工事として想定されています。
よって、見出しで挙げた「床材を全面フローリングに張り替える」ことは上記に該当するため、理事会の承認が必要になります。

② 申請時に必要なもの

区分所有者が理事会に修繕の申請を行うに際しては、設計図・仕様書・工程表を添付した申請書を理事長に提出することと定められています。施工業者等へ依頼し、必ず準備しておきましょう。

(書式:国土交通省 「マンション標準管理規約」より)

③ 理事会による承認

理事長が区分所有者から修繕工事の承認申請を受けたとき、その申請について、理事会の決議により、その内容を承認するか、それとも不承認とするかを決定します。
 
承認申請時に提出された設計図等をもとに検討することとなりますが、その内容によっては専門的な判断が必要なケースも想定されることから、専門知識を有する者(建築士、建築設備の専門家等)の意見を仰ぐことが望ましいとされています。特に、今回例として挙げたフローリング工事の場合には、床の構造、工事の仕様、使用する材料等により影響が異なるため、専門家への確認の必要性が高いと言えます。
 
また、実際に専門家へ確認を依頼した場合には、区分所有者の提出した設計図等では情報が足りないため、工事予定の箇所を直接視認して調査を実施できる状況にする必要があります。つまり、理事長又はその指定を受けた者(専門家等)は、工事の施工の判断について必要な範囲内で、修繕予定の箇所に立ち入り、必要な調査を行うことが出来ます。調査時には区分所有者の専有部分に立ち入ることとなりますが、正当な理由が無ければ、当該区分所有者は、立ち入りの要請に応じなければなりません。

(書式:国土交通省「マンション標準管理規約」より)

3.理事会の承認が不要な場合

次に、例示したケースの後半で挙げている、「既存の窓の内側に窓枠を設置して二重サッシにする」という工事について検討していきます
 
まず、窓に関わる工事は理事会の承認が必要なのかという点です。区分所有建物における窓は、専有使用権が付着する共用部分であるため、マンション標準管理規約では、窓を対象とする工事のうち、「現在と異なる部材を用いるもの」が、理事会の承認を必要とする工事であると定められています。

よって、例えば、現在設置されている窓ガラスを防音ガラスや強化ガラスの窓へ交換する場合は、「現在の窓を異なる部材(=防音ガラス・強化ガラス)」を用いた他の窓と交換することになるため、理事会の承認が必要となります。

一方、今回例に挙げたケースでは、窓の素材を交換するわけではなく、「内側にもう1枚窓枠を取り付け、二重サッシにする」という工事内容であり、共用部分である窓そのものを修繕したりするものはないため、理事会の承認は不要であるといえます。

しかしながら、窓枠の取り付け工事に限らず、リフォームを行う際には建物を工事業者が出入りすることが想定されます。また、工事の種類によっては騒音や粉塵が発生することもあります。これらの状況が他の区分所有者に何ら告知の無い状況で発生した場合、他の区分所有者に迷惑をかける可能性が高く、後から苦情が発生しかねません。

これらを避けるために、たとえ理事会の承認が不要であっても、工事を実施する際には、
・管理組合へ工事期間や工事の内容、業者名を届け出る
・騒音や振動の発生が予想される場合には、他の区分所有者にもわかる形で工事期間と工事内容を掲示する
・工事予定の物件の上下、また隣戸には、事前に騒音等が発生することを直接伝えに行く
といったような対策を取ることが良いと考えられます。

4.まとめ

区分所有建物内で専有部分のリフォームをする際には、必ず事前に管理規約を確認し、理事会の承認の要否、他の区分所有者に与える影響、事前調査の可能性等々あらゆる点を注意する必要があります。

折角自分がより住みやすい環境を整えるためにすることですから、後からトラブルが発生しないよう心掛けることが望ましいですね。

2019.06.14

企業が備えておくべき試用期間のリスク

多くの企業では、本採用前に一定の試用期間を置き、面接では知り得なかった社員の能力や適性を見極める期間を設けています。実際に試用期間とは、どのような目的で設定されており、試用期間中の雇用契約はどうなっているのでしょうか?

また、企業は試用期間中の従業員に対して、解雇や試用期間の延長、本採用の拒否などを行いたい場合はどのような点に気を付けなければならないのでしょうか?今回は企業が理解しておくべき試用期間の法的性質についてご説明いたします。

1. 試用期間とは法的に見てどのような雇用形態なの?

試用期間は、正社員に限らず、アルバイトやパート、契約社員などに対しても設けることが可能です。企業は試用期間を定める場合には、期間を明確に定めなければなく、「〇ヵ月前後」といった不明確な取り決めは認められていません。

試用期間の長さについて制限する法律は定められていませんが、過去に1年を超える試用期間を設けたケースは、公序良俗違反と判断され試用期間が無効となった裁判例があり、過度に長期となる試用期間の設定は認められないものと考えられます。(裁判例:名古屋地判昭59.3.23)

では、試用期間中の企業と従業員の雇用契約は厳密にどの様な状況になっているのでしょうか?試用期間中の雇用契約は「解約権留保付労働契約」が締結されていると考えられています。「解約権留保付労働契約」とは、企業が従業員を解雇することが出来る解約権を有している労働契約を意味しています。ただ、企業側が解約権を有しているからといって、何の制限もなく企業側が従業員を解雇できるというわけではありません。

試用期間中の従業員の立場は、不安定で不利な立場であり、試用期間中は他の企業へ就職する機会を放棄している状態になります。よって、企業が試用期間中の従業員に対して解雇や延長を行うのであれば、客観的で合理的な社会通念上相当の理由が必要です。

次からは、企業が試用期間を延長する場合及び試用期間中に解雇を行う場合について具体的に見ていくことにします。

2. 試用期間の延長は法律に違反するの?

試用期間が終了したときに企業側が本採用とするか否かの判断がつかずに、試用期間を延長してもう少し様子を見たいといったケースもあると思います。その様な場合、試用期間を延長すること自体は法律に違反しませんが、次の点に注意しなければなりません。

① 就業規則や雇用契約書などに試用期間を延長する可能性を明記しておくこと
② 試用期間の延長について従業員との間で合意がなされたこと
③ 客観的で合理的で社会通念上相当性のある理由があること

以上3点については企業側が試用期間の延長という選択をする場合に必ず守らなければならない事情となります。もし、これらを守らずに一方的に試用期間の延長を決定した場合、従業員から試用期間の延長の是非について争われ、その結果試用期間の延長を無効と判断されるケースもあるため注意が必要です。

ここからは、上記の各注意点についてもう少し詳しく説明することにします。
前述した通り、試用期間中の従業員は非常に不安定な立場であるため、企業は試用期間の延長が可能であること、及び延長する場合の期間などを、予め就業規則や雇用契約書などに明記しておく必要があります(①)。

また、従業員との間で試用期間の延長について合意がなされていなければなりません(②)。ただ、仮に従業員との間で合意がなされたとしても、試用期間については延長前の期間を含めて最長でも1年以内であるべきと考えられています。試用期間の延長について合意がなされたとしても、延長前の試用期間がリセットされるわけではありませんので、気を付けましょう。

最後に、試用期間の延長には、客観的で合理的な社会通念上相当性のある理由が必要になります(③)。延長の理由が認められる可能性が高いとされる例は、従業員が何らかの理由により長期の欠勤があり試用期間中に従業員の適性を見極めることが難しいケースや、業務内容の変更に伴い改めて適性を見極める必要性が認められるケースなどが挙げられます。

3. 試用期間中の解雇はできるの?

試用期間中において、企業は解約権留保付労働契約に基づく解約権を留保しているため、一定の「解雇の自由」が認められています。しかし、どの様な理由でも解雇が認められるわけでは無く、試用期間の延長と同じように「客観的に合理的で社会通念上相当と是認できる」場合に限られています。具体的には、重大な経歴詐称、正当な理由なく遅刻・欠勤を繰り返す場合等です。

また、試用期間の開始から14日を経過して解雇する場合、本採用後の社員を解雇する場合と同様の手順を踏む必要があります。解雇という判断をした場合には、従業員に対し解雇日の30日前までに解雇予告を行うか、解雇予告を行わなかった場合には従業員に対して「解雇予告手当」を支払う必要があります。

もし、企業側が本採用をしない決定をした場合でも、企業側の意思表示が従業員に明確に伝えられていないまま試用期間を終えると、従業員は本採用になったものと判断されます。試用期間に解雇を判断した場合は、試用期間が経過する前に従業員へ解雇の意思表示を行いましょう。
 

4.まとめ 

企業側にとって試用期間を設けることは、正確な採用判断を行うことが可能であり必要な期間となります。しかしながら、予め就業規則や雇用契約書を整備しておかなければ、試用期間の運用を誤った場合の企業へのリスクを防ぐことはできません。

就業規則や雇用契約書を不備の無いようにきちんと整えることで、リスクから会社を守るツールとして役立てましょう。就業規則の整備等については、法的な知識が必要となるため一度専門家へ相談することをお勧めいたします。

2019.06.12

ハンコの種類と特徴

会社や家、銀行など様々な場面で使う機会のあるハンコ。どんな種類があるのか、特徴は何なのか、知っていますか?

まず、ハンコとは何でしょうか。よく、「ハンコお願いします。」「ハンコ押してください。」と言ったり言われたりすることがありますよね。このハンコとは、あの小さな物体のことなのか、それとも紙についたインクのことなのか、どちらのことを指しているのでしょうか?

1.「ハンコ」とは?

実は、私たちがよく言う「ハンコ」とは、物体のことで、「印章」と呼ばれるものになります。紙についたインクの方は「印影」と呼ばれています。分かりやすく言うと、「ここにハンコお願いします。」のハンコは、「印影」、「ハンコ買わないと。」のハンコは「印章」のことなのです。
ちなみにハンコと同じくらいよく使う言葉である「印鑑」とは、市区町村に印鑑登録を行った「印章」のことを指し申請をすれば証明書がもらえます。「実印」とも言います。

このように、ハンコひとつでも、「印章」「印影」「印鑑」などいくつかに分けることができるのです。

2.「ハンコ」のもつ力

普段の生活の色々な場面でハンコを使いますが、なぜ書類や契約書など手続きを行うのにハンコが必要なのでしょうか?
日本は「ハンコ文化」と言われるほど、何かとハンコが必要とされます。銀行に行って手続きをしようと思ったら、「登録されているハンコと違うので手続きができません。」と言われたり、後日これだ!と思って違うハンコを持って行ったのに、また違うハンコだと言われ、どのハンコが正解なのか分からなくなってしまった経験が1度はあると思います。

免許証や保険証で本人確認をせず、登録されているハンコで手続きできるかどうかが決まるほど、日本ではハンコのもつ力が大きいのです。

例えば3,000万円の借用書があり、そこに自分の印影があったとします。そして、借用書の印影が、自分の印章によって顕出されたものであるときは、事実上その印影は自分の意志に基づいて顕出されたものとだと推定されます。その結果、自分が3,000万円という大金を借りたことが推定されてしまうのです。
例え自分がハンコを押したのではなく、誰かが勝手に押していたとしても、です。

では、ハンコにはどれくらいの種類があるのでしょうか?3では、ハンコの種類と、それぞれの特徴についてみていきたいと思います。

3.「ハンコ」の種類と特徴

ハンコにはどんな種類、特徴があるのでしょうか。
初めに、個人が使うハンコについてです。主に、実印、銀行印、認印、そしてシャチハタがあります。

実印:
市区町村に登録を行い、申請をすれば証明書がもらえるもの。
登録するには本人確認が必要で、証明書を出してもらうにも、身分証明書による本人確認が行われる。

銀行印:
銀行や信用金庫などの金融機関に印影を届け出ているもの。
預金を払い戻してもらう際に、お金を受け取る人が本人かどうかを確認するために必要。

認印:
印鑑登録をしていないハンコ全般のこと。
書類に確認や承認の証明としてよく使われる。

シャチハタ:
使う度に朱肉をつかって捺印するのではなく、印章自体にインクが入っている「浸透印」のこと。認印に含まれる。
シャチハタとよばれているが、シャチハタとは製造しているメーカーのことで、重要な書類や公的な場面などでは使うことができない。

上記のように、個人が主に使う印鑑だけでも4種類存在します。

では次に、会社が使うハンコについてお話します。種類として、代表者印、社印、割印等があります。

代表者印:
会社の実印のことで、会社を設立する際に法務局に登録したもの。
印鑑証明は法務局で発行することができ、丸印と呼ばれることもある。
「株式会社〇〇 代表取締役印」と彫られていることが多い。

社印:
会社の認印のこと。会社の認印として、主には注文書や請求書などの社外文書の他、稟議書などの社内文書に用いる。角印と呼ばれることもある。
「株式会社〇〇之印」と彫られていることが多い。

割印:
複数ある書類にまたがって押すハンコのこと。
書類が2部になる場合などに、同一、関連書類であることを証明するために押す。割印を押しておくことで、「契約書」を作成したあとに、内容を改ざんされるリスクを回避することができる。
「株式会社〇〇之印」と彫られていることが多いが、形は押しやすいように、縦長になっている。

以上が、会社でよく使われるハンコになります。
ハンコによって、持つ効力や役割も異なりますので、それらについては、次回お話ししたいと思います。

4.まとめ

今回は、ハンコとは何なのか、種類や特徴にはどんなものがあるのかについてお話ししました。
普段よく使うハンコですが、種類や呼び方など意外と知らないことばかりですし、この契約書だからこのハンコを押す、これは認印でも大丈夫なものだから社印を押す、などといった覚え方をしている方も少なくないと思います。

きちんと、それぞれのハンコについて知っておけば役に立つ場面がたくさんあると思いますので、この記事を読んで今後の生活に生かしていってください。

2019.06.11

テレビ番組制作において気をつけるべきポイント~未成年者の実名報道編~

テレビ番組などでは、未成年者が起こした事件について実名などを伏せて報道されているかと思います。
なぜ匿名でなければならないのでしょうか。また、過去に起きた事件の中には、未成年である被告人に死刑判決が下された後から一部メディアで実名報道されるということもありました。
そこで浮かんでくる疑問は、未成年者の実名報道についての特例や、例外があるのか、ということです。以下では、未成年の犯罪に関する報道について見ていくことにします。

1.未成年の犯罪についての報道と少年法

(1)少年法61条

少年法61条では、「記事等の掲載の禁止」として下記のように未成年者の報道について定めています。

第六十一条 家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。

※ここでいう「少年」とは、20歳未満の男子女子すべての未成年者を意味しています。

(2)テレビ報道と少年法61条

未成年者の犯罪等が発生し逮捕された場合、新聞などでは少年法に基づき匿名で報道されています。しかしながら、テレビ報道は、出版物ではないため、同条の適用はないのでしょうか。新聞と並び記載されている「その他の出版物」について、テレビ報道が含まれないのでしょうか。

現在、テレビ局の報道番組では実名を伏せ、「18歳男子が殺傷事件を起こし逮捕された」というような報道を耳にするかと思います。同条の「その他の出版物」の中に、雑誌やテレビ局、いわゆるメディア全般が行う報道も含まれるとする裁判例があり、現在はこれに基づいてテレビ局も報道を行っています。
多くのテレビ局はこの少年法61条を重視しており、自局のガイドラインで報道について細かく定めるなどし、後述する死刑や死亡の場合を除いて、現時点では実名報道をしないとしているようです。

(3)「推知することができる」とは?

「推知」という言葉自体、あまり聞きなれないかもしれませんが、文字通り推測して知ることができるかどうかという意味です。そして、判例によって同条の「推知」は、「不特定多数の人間が、その報道によって本人を推察し知ることができるかどうか」と解釈されています。

例えば、報道番組の中で、未成年被疑者についての詳細が放送されたとします。
被疑者がどんな人物であったかという部分で、被疑者の職歴や友人、知人との関係を放送しても視聴する多くの人は、本人を推察し特定することはできないため、少年法的には問題ないとされます。
ただし、被疑者本人を知っている者が、この放送で言われている内容で、本人の名前や顔などが推知できる場合、肖像権やプライバシーの侵害にあたる可能性もあります。

少年法61条には罰則がなく、違反しても刑事責任は問われませんが、民事上の責任(賠償責任)を問われることも過去の裁判例ではあるようです。
事例として、ある週刊誌が、被疑者である少年の職歴、交友関係、非行歴、法廷での様子を記した記事を掲載したため、被疑者である少年が、当該週刊誌の出版社を相手取り、少年法61条違反と肖像権・プライバシー権の侵害を主張して損害賠償を求めたケースがあります。

上記の事例で裁判所は、不特定多数の一般人からしてみれば、面識のない少年について、この記事だけでは本人を特定することはできないとして、少年法には違反しないと結論づけました。
しかしながら同じようなケースで訴訟となった際、民事上の責任を負うという判決も示された事例もあり、すべての裁判例が同様であるとは言えない現状となっています。

2.少年法をどこまで適用させるのか

さて、少年法61条に基づくと、犯行時に未成年だった場合、永久に匿名のまま取り扱われるということになります。これを、どこまで匿名報道し続けるのか、どういった場合に実名報道に切り替えるのかは、テレビ局によって違いがあるようです。

多くのテレビ局が、実名報道に切り替えるケースとしては、
・被疑者・被告人が死亡したとき
・被告人の死刑が確定したとき
が多く、なぜ切り替えるのかを明確に説明した上で実名や顔写真を報道しています。その理由としては、
・死刑の対象は明らかに報道すべきであるという指針
・社会復帰の可能性が事実上消失したこと
・事件の重大性、社会に与える影響を考慮した
などという点を挙げています。

当時18歳の少年が起こしたいわゆる光市母子殺害事件では、少年に死刑判決が言い渡された後、社会復帰の見込みがなくなったとして実名報道に切り替えるメディアと、再審の可能性もあるなどして、匿名報道を続けたメディアとで対応が分かれました。
当時の法務大臣や法務省は、上記のような理由に基づき行う被告人への実名報道に対しては、経緯を説明して行っているので、一定程度の理解はできると会見しています。

3.まとめ

テレビ局などのマスコミは、ガイドライン(放送指針)を定めています。
特にNHKや民放連のガイドラインは未成年の実名報道がどんな時になされるのか、などを詳しく表記しています。テレビ事業に新規参入するなど、ガイドラインを新たに策定する場合や、現在のガイドラインを見直しする際には参考にするとよいでしょう。

警察庁の調査によると、1900年代と比較して2000年代以降、未成年者による犯罪は減少傾向にあるようです。しかしながら、未成年の凶悪犯罪は依然として注目を集めやすく、社会に与える影響も大きいものです。
取り扱う場合には十分注意を払い、法的な問題やガイドラインに抵触していないかをよく確認するようにしましょう。

2019.06.10

起業する前に知っておくべきこと1~注意点~

「起業したい!」と思った場合、「今勤めている会社を辞めずに起業しても大丈夫?」「法人を設立すべき?それとも、個人でやっていくべき?」といった様々な疑問が浮かんでくるのではないかと思います。
そこで、今回の記事から数回にわたり、起業する方または起業するかどうか悩んでいる方に、実際に起業をする前に知っておいていただきたいことについてご説明します。

1. 会社勤めの人が起業するときの注意点

今、どこかの会社で働いている人にとっては、一口に「起業する」といっても、(1)会社を辞めて起業する(独立)、(2)会社は辞めずに起業する(副業)という2つの選択肢があります。以下では、選択肢ごとに注意点を見ていくことにします。

(1)会社を辞めて起業する(独立)

今勤めている会社を辞めて起業する場合、いくつか気を付けなければならないことがあります。

住民税や国民健康保険料は前年度の収入に基づいて決まる
⇒会社を辞めてから収入が減ってしまうということは十分に考えられます。しかし、納付する住民税、国民健康保険料は、前年度の収入、つまり会社勤めで収入が多かった頃の金額に基づいて決定されます。収入が減ってしまう可能性を考えて、余裕を持って貯金しておきましょう。

起業したばかりだとクレジットカードが作りにくい
⇒クレジットカードの作成を申し込んだとき、クレジットカード会社は「この人はちゃんと貸したお金を返してくれるかな?」という点を見て判断します。会社勤めの頃は、安定した収入がありますが、起業してすぐだと何の実績もなく信用度は低いため、審査に必ずしも通るとは限りません。
しかし、事業がうまくいかず資金繰りをしなければならないという状況になることもあり得ます。それを見越して、会社を辞める前にクレジットカードを作っておきましょう。

家の購入や引っ越しが難しくなる
⇒クレジットカードの作成申し込みと同様に、家を購入するときや引っ越しをするときにも、不動産会社はその人が信用できるかどうかを見ています。会社勤めの場合は、源泉徴収票を見せれば大丈夫なところが多いですが、起業した場合は源泉徴収票と会社の決算書が必要となることが多いです。

それらに記載されている金額で信用度が変わってくるので、会社勤めであればある程度の信用は得られます。しかし、「起業したもののあまり事業がうまくいっていない…」という場合、どうしても信用度が低くなるため、家の購入や引っ越しは当分難しいかもしれません。クレジットカードの作成と同様、家の購入や引っ越しを考えている場合も、会社を辞める前に済ませておきましょう。

(2)会社は辞めずに起業する(副業)

(1)に対して、今の会社で働きながら起業するということも考えられます。例えば、今働いている会社の休日に活動するといった場合です。この場合も、注意すべき点があります。

副業が禁止されていないか確認
⇒会社によっては、業務への影響や、利益相反等を理由に副業を禁止していることがあります。会社を辞めずに起業したいという場合は、まず、会社において副業が禁止されていないかどうか、就業規則などの規程を見て確認しましょう。

会社に副業がばれてしまう可能性がある
⇒もしかすると、「副業は禁止されていないけれど、なんとなく会社にばれるのは嫌だ」という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、確定申告のやり方によっては、会社に副業がばれてしまう可能性があります。
(確定申告とは、毎年1月1日から12月31日までの1年間に生じた全ての所得と、その所得にかかる所得税を計算し、精算する手続きのことです。)

基本的に、従業員の住民税は、給与から天引きをして、会社から市町村に納付します。この天引きは、毎年5月頃までに会社に送られてくる特別徴収税額決定通知書をもとに行われます。そのため、会社から支給されている給与と副業で得た収入を合算して確定申告をしてしまうと、それに基づいた住民税額が会社に通知されてしまいます。この通知書を見て、会社が支給した給与よりも総所得額が多いことが発覚して、会社にばれてしまうというわけです。

このような事態を防ぐために、確定申告の際に、副業の収入について「普通徴収(給与から天引きするのではなく、自分で納付する)」を選択すれば、納付書によって別途自分で納付することになるので、会社にばれにくくなります。

ただし、会社との思わぬトラブルを避けるためには、副業を禁止する定めの有無にかかわらず、事前に会社に相談することをおすすめします。

2. 個人事業と法人の違い

1を踏まえて、早速起業しようと考えた方に質問です。個人事業と法人の違いをご存知ですか?「個人事業と法人って何が違うの?どっちにすればいいの?」とお思いの方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
個人事業とは、会社を作らず個人で行う事業のことをいいます。俗に言う自営業のことです。これに対し、法人は想像しやすいかと思いますが、会社のように、法律上別の人格が認められたもののことをいいます。

では、個人事業で始めるか、法人を設立して始めるか、どちらが良いのでしょうか。

一概には言えませんが、個人事業と法人にはこのような違いがあります。どちらにも良い点、悪い点があるので、「絶対にこっちにすべき!」と言い切ることは難しいです。両者を比較して、自分にはどちらが合っているか考えてみましょう。

3. まとめ

今回は、会社勤めの人が起業するにあたり気を付けるべきことと、個人事業と法人の違いについてご説明しました。
「何事も早いに越したことはない!」と考え、急いで起業の準備を始めたい方もいらっしゃるかもしれませんが、起業には金銭面など多くのリスクがあります。「ちゃんと考えてから動けばよかった…」と後悔しないように、この記事を参考にしていただければ幸いです。

2019.06.04

標準報酬月額②~算定基礎届(定時決定)のポイント~

毎年6月ごろに年金事務所から届く「算定基礎届」。今年もこの時期がやってきました。毎年1回、実際の報酬と標準報酬月額が大きくかけ離れないように、「算定基礎届」を提出しなければなりません。全員提出すればいいというものでもありませんので、しっかり要件を確認してみましょう。
ちなみに、提出期限は、7月1日~7月10日ですので、ご注意ください。

1.定時決定とは

原則として毎年7月1日現在の被保険者全員が対象となり、標準報酬月額の見直しを行います。これを、定時決定といいます。

▼定時決定(健康保険法41条)
標準報酬月額は、原則として、当然被保険者全員について毎年1回決定され、その決定された標準報酬月額が、1年間使用されます。
(1)算定方法

定時決定の算定の対象となる、4月・5月・6月のことを「算定基礎月」と言い、算定基礎月に支払われた給与(報酬額)を対象とします。
この金額を、期間の月数で割った額を報酬月額として、標準報酬月額を決定します。

例:末日締め、翌月10日払いの場合
4月…4月10日支給 21万円
5月…5月10日支給 18万円 → 合計60万円÷3か月
6月…6月10日支給 21万円   =平均20万円

支払われた給与・・・?どの手当を含むの?こちらの記事に詳しく解説があります。

標準報酬月額①~基礎知識と報酬に含む手当~ はこちらから

4・5・6月の給与が多いと、その後1年間の社会保険料が高くなります。
7月以降の給与が少なかったとしても、この3ヶ月で算出された社会保険料は基本的に変わらないので、4-6月は極力残業を少なくすることをお勧めします。
しかし、業務の性質上、4-6月に残業や歩合が多く発生することが見込まれる場合については(算定基礎月とその他の月を比べて2等級以上の差がある場合)、「定時決定の特例」として扱われ、年間平均額を算出し、別途、理由を記載した申立書や同意書を提出し、年間平均額にて決定することもできます。

(2)支払基礎日数

「支払基礎日数」とは、給与を起算する基礎となった日数のことをいいます。
間違えやすいのが、4月・5月・6月に出勤した日数ではなく、それぞれに支払った給与の計算基礎となった日数となります。つまり、4月支給分の基礎日数は3月勤務分となります。

フルタイム勤務の場合
 4月…31日
 5月…30日
 6月…31日
(3)算定の対象月

①支払基礎日数(出勤日数)が17日以上ある月を計算の対象とします。

②短時間労働者:同一の事業所に使用される通常の労働者の、1週間の所定労働時間の4分の3未満、又は、1か月間の所定労働日数の4分の3未満であるときは、11日未満
※4分の3以上であれば、短時間労働者でも①と同様に17日。

③月給制:支払基礎日数の暦日数、休日や有休休暇も含み、欠勤は含みません。
     所定労働日数が20日で、2日欠勤した → 18日(支払基礎日数)

④日給制・月給制:支払基礎日数の出勤日数に有給休暇を足した日数。

⑤17日を満たしていない月は?(短時間労働者かつ4分の3未満の人は11日)
支払基礎日数が17日未満の場合は、算定の基礎から外して、給与を平均します。
 例:4月は20日勤務 5月は18日勤務 6月は15日勤務
 →17日未満となる、6月を除き、4月と5月だけで給与を平均します。

(4)「算定基礎届」の提出が不要な人

7月1日現在、被保険者である人で以下に該当する人は定時決定を行いません。

6月1日から7月1日までの間に被保険者の資格を取得した人
 →定時決定ではなく、入社時決定方法で標準報酬月額が決まります。
 →7月1日に退職した人は、届出が必要です。

②4~6月に賃金の変動があり、7月~9月に標準報酬月額が随時改定される人、又は、産前産後休業や育児休業等を終了した際に標準報酬月額を改定される人。
 →定時決定ではなく、「月額変更届」が優先されます。
  4月や5月に昇給降給し2等級以上変更となる人は、9月の定時決定を待たずに、「月額変更届」と同様の改定となります。
 →産前産後・育児休業の方は、終了した後に提出する、報酬月額変更届により決まります。

(5)届出までの流れ

<有効期限>
定時決定によって決定された標準報酬月額は、原則として、その年の9月から翌年の8月までの各月の標準報酬月額とする。

2.事務手続き

届出先 管轄する年金事務所
期日 7月1日~7月10日
必要書類 健康保険・厚生年金保険 被保険者報酬月額算定基礎届
※70歳以上の方は、「厚生年金保険 70歳以上被用者算定基礎届」を提出します。
添付書類 健康保険・厚生年金保険 被保険者報酬月額算定基礎届総括表
注意1 算定基礎届出用紙は、管轄の年金事務所より事前に郵送で届きます。
被保険者1人ひとりについて、氏名・生年月日など印字されています。退職者の記載があったり、入社した人が記載されていないことがありますので、注意が必要です。
注意2 提出が不要な人やその他記載が必要な方は、備考欄に記載しましょう。
パートや短時間労働者な、備考欄の確認は必須です。

 

3.まとめ

算定基礎届出用紙がまだ届いていない場合は、管轄の年金事務所へ問い合わせてみましょう。「算定基礎届出」は、被保険者の報酬額に応じた保険料を算出する大切な作業ですが、各事業所の報酬の支払い状況や被保険者数などを年金事務所が把握する為というのも兼ねています。
提出が遅れたり金額を間違えると、本人たちが迷惑することもですが、会社も後日精算した金額を支払ったり手間となりますので、期限内の提出、適正な記入を行いましょう。

2019.05.31

意外と知らない会社法3~会社の設立~

世の中に数多く存在している「会社」ですが、それらは、どのようにして誕生するのでしょうか?

1. 「定款」の作成

会社を設立するためにはいくつかの手続きが必要になってくるのですが、その流れにはどのようなものがあるのでしょうか?

手続きの最終段階である登記が完了するまでには、大きく分けて4つの過程があり、その1つ目が「定款」の作成です。「定款」とは、会社を運営していく上で必要な基本的規則を定めたもので、「会社の憲法」と呼ばれるものになります。
これを、「発起人」と呼ばれる会社の設立を企画し、会社の経営を担っていく人物が作成し、会社の定款に認証を与える権限を有する「公証人」の認証を受けることになります。

定款の内容として、「絶対的記載事項」「相対的記載事項」「任意的記載事項」の記載が必要で、これらの記載がないと定款の認証を受けることが不可能、つまり定款が無効となってしまいますので気を付けましょう。

・絶対的記載事項:定款に必ず記載しなければならない事項
(項目)会社の目的、商号、本店の所在地、出資額、発起人の氏名・住所、発行可能株式総数

・相対的記載事項:定款に定めなければ効力が生じない事項
(例)現物出資、財産引受、発起人の報酬・特別利益など

・任意的記載事項:定款ではなく、他の方法で定めても良いもの。会社法の規定や公序良俗に違反しない限りは定款で定めることが可能
(項目)定時株主総会の招集時期、役員の数、事業年度(決算期に関する事項)

2. 資金を集める

2つ目は、会社の資本金を集めることです。
「資本」とは一般的に、事業を行うために必要なお金のことですが、会社法で言う資本とは、「設立」又は「株式の発行」に際して株主となる者が、株式会社に対して「払込み」「給付」をした「財産の額」のこと(会社法第445条参照)つまり、会社の財産を確保するために株主から払込み、給付をされたお金のことになります。

会社にある程度の財産がないと、取引先の業者や銀行など、会社からお金を払ってもらう、返してもらう立場の人々に、お金が返ってこないのではないかという不安を与えかねませんし、信用の度合いも低くなってしまします。ですので、初めにある程度の資本金を集めておき、安心して取引を行えるようにしておく必要があるのです。
 
では、用意する資本金の最低額はいくらなのでしょうか?
平成18年に会社法が施行されるまでは、「最低資本金制度」という制度により、有限会社を設立するには最低でも300万円、株式会社だと1,000万円の資本金を用意しなければなりませんでした。しかし、会社法ができたことにより、「最低資本金制度」は廃止され、現在は設立時の資金が0円でも設立ができるようになったのです。

厳密に言うと、出資額を0円にすることはできません。しかし、例えば20万円出資したとして、登録免許税や定款の認証手数料に20万円使ったとなると手元には1円も残らないことになります。つまり、会社の資金が0円となるのです。
一般的には、会社の設立費用に20万円強かかりますので、それ以上の金額は資本金として会社に最初から入れておくケースが多いです。

3. 会社経営陣の選任と登記

定款の作成、資金集めが終わると今度は会社の経営陣を決定します。
まず経営陣とは、取締役、監査役、会計参与を総称して表す言葉のことで、簡単に言えば会社役員のことです。選任する際に気を付けることとして、取締役や監査役は、誰でもなれるわけではないということです。以下の人はなることができません。

【取締役の欠格事由】(会社法第331条参照)
一 法人
二 成年被後見人若しくは被保佐人又は外国の法令上これらと同様に取り扱われている者
三 この法律若しくは一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(平成18年法律第48号)の規定に違反し、又は金融商品取引法第197条、第197条の2第1号から第10号まで若しくは第13号、第198条第8号、第199条、第200条第1号から第12号まで、第21号若しくは第22号、第203条第3項若しくは第205条第1号から第6号まで、第15号若しくは第16号の罪、民事再生法(平成11年法律第225号)第255条 、第256条、第258条から第260条まで若しくは第262条の罪、外国倒産処理手続の承認援助に関する法律(平成12年法律第129号)第65条 、第66条、第68条若しくは第69条の罪、会社更生法(平成14年法律第154号)第266条 、第267条、第269条から第271条まで若しくは第273条の罪若しくは破産法(平成16年法律第65号)第265条 、第266条、第268条から第272条まで若しくは第274条の罪を犯し、刑に処せられ、その執行を終わり、又はその執行を受けることがなくなった日から二年を経過しない者
四 前号に規定する法律の規定以外の法令の規定に違反し、禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。)

上記の欠格事由に該当しない人を、1でも出てきた発起人が選任し、選任が終わると、発起人は選任決定書を作成します。
そして、最後に登記を行います。必要書類を揃え、本店所在地の管轄法務局に登記申請を行います。不備がなければ、申請から1週間ほどで登記が完了し、会社が誕生します。

4. まとめ

今回は、会社を設立するために必要な流れをおおまかに説明しました。
実際に会社を設立するとなると、印鑑を作成したり、誰から出資を募るかを決定したり、書類を集めたりと、様々な準備が発生しますので、まずは、登記までの流れを把握し、必要な準備を始めていきましょう。
その後、出資金をいくらにして、どのようなビジネスを行っていくか等は、専門家に相談しながら進めて行くことをお勧めします。

2019.05.30

会社に関する事務って何をするの? ~総務・人事・経理の定例業務~

皆さんは、「事務」と聞くとどのような仕事を思い浮かべますか?総務や経理、一般事務、営業事務など、偏に事務といっても業務内容は様々です。

今回は、その中でも、総務、人事、経理といった「会社に関する事務」に着目してお話します。これから会社に関する事務に携わる予定の方はもちろん、就職・転職活動をされている方にもぜひ読んでいただけたらと思います。

1. 会社に関する事務

会社に関する事務は、大きく以下の3つに分けられます。まずは、それぞれの分野について、一般的な業務をご説明します。
※会社によって、各分野の業務領域は異なります。

(1)総務
総務は、会社の各部署がスムーズに業務を遂行できるようにサポートを行います。また、官公庁や取引先など社外の人とも関わる機会が多いです。幅広い業務について柔軟に対応することが求められます。
<例> 印鑑や重要書類などの管理 官公庁や取引先などの対応 株主総会の準備・開催 など

(2)人事
人事は、主に従業員に関する手続き全般を行います。従業員の大切な個人情報を保有することになるので、漏洩することのないように、慎重に情報を扱うことが求められます。
<例> 各種保険手続き 給与計算 年末調整 など

(3)経理
経理は、主に会計や税金に関する業務全般を行います。会社の成長に直結するので、迅速かつ正確に業務を進めることが求められます。
<例> 現金・預金管理などの会計処理 法人税など各種申告書の提出・納付 など

ここからは、総務・人事・経理の毎年定例の業務をご紹介します。

2. 総務の年間定例業務

〇株主総会の準備・開催(4月~5月※)
会社の決算が終わったら、株主総会を開催します。決算日から2~3か月以内に行うのが一般的です。開催に伴い、事業報告書や計算書類などを準備する必要があります。また、開催したら、必ず株主総会議事録を作成します。
※ 3月末決算の場合

〇役員改選等の登記申請手続き(5月※)
株主総会において役員の改選等があった場合、変更が生じた日から2週間以内に登記をする必要があります。
※ 3月末決算の場合

3. 人事の年間定例業務

〇健康保険・介護保険の料率改定の確認(3月)
健康保険と介護保険の保険料率は毎年3月に改定されます。必ず最新の保険料額表を準備して、改定内容を確認しましょう。

〇雇用保険の料率改定の確認(4月)
雇用保険の保険料率は毎年4月に改定されます。必ず最新の雇用保険料率表を準備して、改定内容を確認しましょう。

〇労働保険の年度更新手続き(6月)
毎年6月1日から7月10日までの間に、前年度の保険料を精算するための確定保険料の申告・納付と、新年度の概算保険料を納付するための申告・納付を労働基準監督署に行う必要があります(労働保険概算・確定保険料申告書)。

〇特別徴収税額の更新(6月)
毎年5月末頃までに、会社に特別徴収税額通知書が送られてきます。6月からはこの通知書に基づき、従業員の給与から住民税を差し引くことになるので、必ず変更された税額を確認しましょう。

〇社会保険の定時決定(7月)
社会保険料は、原則として年に1回見直しを行います。そのため、7月1日時点で使用している全被保険者の3か月間(4~6月)の給与をもとに「標準報酬月額」を見直し、7月10日までに年金事務所に届出をする必要があります(健康保険・厚生年金保険被保険者報酬月額算定基礎届)。

〇社会保険の標準報酬月額等級の更新(9月)
前述した算定基礎届を提出して決定した新しい社会保険料は、その年の9月から適用されます。必ず変更された社会保険料を確認しましょう。

〇厚生年金保険の料率改定の確認(9月)
厚生年金保険の保険料率は毎年9月に改定されます。必ず最新の保険料額表を準備して、改定内容を確認しましょう。健康保険・介護保険(3月改定)、雇用保険(4月改定)とは改定時期が離れているので、確認を忘れないように注意してください。

〇年末調整(12月)
「毎月の給与計算で差し引かれた所得税額」と「1年間に支払った給与をもとに計算した納付すべき所得税額」における過不足額を精算し、税務署・市町村に書類を提出する必要があります(給与支払報告書、源泉徴収票、法定調書合計表)。

4. 経理の年間定例業務

〇償却資産申告書の提出(1月)
毎年1月1日時点で所有している、事業のために用いることができる構築物・機械・工具・器具・備品等の固定資産(これらを償却資産といいます。)について、1月31日までに市町村に申告をする必要があります。償却資産の例としては、パソコンなどの事務機器、看板、印刷機などがあります。

〇所得税の納付(1月、7月)
毎月給与から差し引く所得税の納付は、原則として翌月10日までに行います。ただし、給与を支払う従業員が常時10名未満で、納期の特例制度が適用されている場合は、1月と7月に6か月分をまとめて納付します。

〇決算準備・決算(3月~4月※)
会社は、決められた事業年度における業績について、貸借対照表や損益計算書などの書類を作成します。それらをもとに、株主総会において株主へ業績の報告と承認を求め、承認された内容に基づいて税金の申告を行う必要があります。この書類作成業務のことを決算といいます。申告については後述します。

※3月末決算の場合

〇法人税申告書、法人事業税・住民税申告書、消費税申告書の提出(5月※)
決算に基づき、納税額を確定するため、法人税申告書、法人事業税・住民税申告書、消費税申告書を作成し、期末から2か月以内に税務署に提出する必要があります。これらの書類の作成は、多くの場合、会計事務所に依頼します。

※3月末決算の場合

〇住民税の納付(6月、12月)
所得税同様、毎月給与から差し引く住民税の納付は、原則として翌月10日までに行います。ただし、給与を支払う従業員が常時10名未満で、納期の特例制度が適用されている場合は、6月と12月に6か月分をまとめて納付します。

5. まとめ

今回は、会社に関する事務について、年間スケジュールに基づいてお話しました。従業員の少ない会社だと、全ての事務を1人で担当するということも十分あり得ます。これから会社に関する事務を担当される予定の方もいらっしゃるかと思いますが、実際に勤務を開始すると、毎日沢山の業務に追われてしまい、1年間の予定をゆっくり確認する時間が取れないと思います。
事前に、いつ頃、何の業務をする必要があるのかということを把握しておくだけでも全く違うと思いますので、ぜひこの記事を参考にしていただければ幸いです。

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