弁護士コラム

2019.08.03

【不動産】専用部分で漏水事故が発生した時

8階建のマンションの3階に住んでいるのに、天井から水漏れが発生しています。最上階ではないので、雨漏りではなく上の階からの漏水だと思うのですが、どのように対応すればよいのでしょうか?

【事例】
マンションの305号室に居住するXは、天井からの水漏れにより、浸水の被害を受けました。管理組合へ相談し、水漏れの原因を調査した結果、Xの居室の真上にある405号室の専有部分からの水漏れであることが判明しました。
405号室にはSという人が居住をしています。

一軒家で天井から雨漏りが発生すれば、その理由はたいていが「雨漏り」なので、天井や屋根の補修さえしてしまえば問題は解決します。
ところが、マンションの最上階ではない部屋で漏水が発生した場合には、雨漏り以外の要因が想定されるため、問題を解決するための方法も、その原因によって全く変わってきます。

ケースによってどのような対応を取るべきか検討していきましょう。

1 Xは、漏水で被害を受けた今回の件について、誰に、どのような請求をすることができるのか

誰に対してどのような請求をすればよいかは、漏水の原因によって異なります。
例えば、Sが不注意で浴室に貯めていた水を溢れさせてしまった場合のように、単純にSの不注意であった場合であれば、Sに対して不法行為に基づく損害賠償を請求することが出来ます。

一方で、例えば405号室の排水設備が老朽化していたために漏水が発生し、Xの居室への浸水に繋がった場合であれば、Xは、不法行為に基づく損害賠償請求の他に、漏水が発生した当該居室の占有者本人には過失が無かったとしても、土地工作物責任に基づく損害賠償請求(民法717条1項)をすることが想定されます。

土地工作物責任では、危険物の占有者及び所有者に対しては重い責任を負わせるという危険責任の法理に基づいて、占有者に対しては中間責任、所有者に対しては無過失責任を定めています。

2 漏水事故が発生した当時、短時間で集中豪雨があったときには、原因をどのように考えるべきか。

漏水の原因が気象条件によるものであった場合には、建物の構造上大雨に弱かったのか、配水管が詰まっていたせいで水が溢れ出し、居室への漏水に繋がったのかといった細かい条件により対応が変わってきます。

いわゆる「大雨」の程度であれば、普通の建物であれば防げる程度であると想定されるため、大雨の時に漏水が発生した場合には、建物に何らかの瑕疵(防水設備が不十分であった、配水管が塵芥で詰まっており清掃・点検が不十分であった)の存在が想定されます。

一方で、近年各地で発生しているような豪雨の場合には、上述したような瑕疵の有無にかかわらず、漏水が発生することが考えられます。
こういった場合には、実際に発生した漏水による被害の程度が、上述のような瑕疵が存在したためにより大きいものになってしまったか否かを焦点に争うことが想定されます。
 

3 漏水の原因が、マンション建築当時からの構造上の問題であった場合は、誰が責任を取るのか。

漏水事故について、Sが土地工作物責任に基づき、Xに対し損害賠償を行った後に、実は今回発生した漏水事故は、マンションが建築された当時から存在していた瑕疵に起因するものであることが判明した場合には、どのような対応が考えられるのでしょうか。

まず、発生した漏水事故について、占有者ないし所有者(S)が土地工作物責任を果たした場合であって、損害の原因について他にその責任を負う者がいる場合には、Sは、この「責任を負う者(マンションの分譲業者や施工業者等)」に対し、SがXに対して賠償した内容について求償することが出来ます。

また、漏水の原因となった瑕疵が、いわゆる「隠れた瑕疵」であった場合には、Xは当該マンションの分譲業者(売主)に対して、瑕疵担保責任を請求することも考えられます。

瑕疵担保責任については、民法上は除斥期間を、当該瑕疵を発見した時から1年と定めており、宅建業法においては物件の引渡しから2年以内に制限されています。
一方、当該瑕疵が住宅の構造上主要な部分などの隠れた瑕疵であった場合には、住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)によって、除斥期間は物件の引渡しから10年間とされています。

4 土地工作物責任の要件

以上のように、XはSに対して土地工作物責任に基づく損害賠償請求を行うことが出来る場合がありますが、ここからは、具体的に土地工作物責任の要件を検討していくことにします。

まず1つ目の要件として、「土地の工作物」からの被害が必要となります。この「土地の工作物」とは、土地に接着して、人工的作業を加えることによって成立した物をいい、マンションの建物がこれに該当することは明らかです。

例えば、マンションの漏水の原因が、漏水が発生した浴槽の防水が不完全であったことであった場合、この「浴槽の防水設備」は、マンションの一部であるため、「土地の工作物」に該当します。
そして、漏水の原因が排水設備の劣化にあった場合、この「排水設備」は「建物の附属物」に該当するため、建物と一体のものとして「土地の工作物」に含まれると解されます。

2つ目の要件として、「設置・保存の瑕疵」の存在が必要です。土地工作物の「瑕疵」とは、建物が通常備えるべき安全性を欠くことであり、工作物の設置当初から存在する瑕疵を「設置の瑕疵」、工作物が維持管理されている間に生じた瑕疵を「保存の瑕疵」といいます。

3つ目の要件は、「損害」の発生です。この「損害」は、実際に発生した者であることを必要とします。

そして、最後の要件が「因果関係」の存在です。前提として「事実的因果関係」が認められる必要があります。次に、特に気象条件等の不可抗力が影響した上での損害の発生の場合には、「相当因果関係」が問題となり、検討が難しくなります。

2019.08.02

定年後再雇用の企業リスク

今般、多くの企業が定年退職後の再雇用制度を導入しています。再雇用の前後で労働条件が全く同じというわけでは無く、特に再雇用後の賃金が下がるケースも多くなっています。

この様な労働条件の変化について、果たして、企業側は法的なリスクは無いのでしょうか?今回は再雇用制度の導入に伴う企業のリスクと対処方法についてご説明していきます。

1.高年齢者雇用確保措置について

政府は、平成25年に65歳までの安定した雇用を確保するため高年齢者雇用確保措置を実施し、定年を65歳未満に定めている企業に対し、「65歳までの定年の引上げ」、「65歳までの継続雇用制度の導入」、「定年の廃止」のいずれかの措置を実施する必要がある(高年齢者雇用安定法第9条)」と定めています。

高年齢者雇用確保措置の実施後は、継続雇用制度(再雇用制度)の導入を選択する企業が多くなりました。
継続雇用制度は労働者が希望すれば定年後も引き続いて雇用する制度となるため、定年を迎えた65歳未満の労働者が希望すれば継続して働くことが出来る環境が整っています。

2.労働契約法第20条のリスク

それでは、再雇用時の労働条件は従前と同一の条件で雇用する必要があるのでしょうか?それとも、企業が一方的に労働条件を定めることが出来るのでしょうか?

多くの企業では、再雇用時の雇用形態を正社員から嘱託社員やパートタイマーなどの有期雇用労働者へと変更しています。
なお、雇用形態を変更するのであれば、業務内容等も雇用形態に応じて変化する必要がありますが、企業によっては雇用形態を変更し、賃金を下げるが、労働内容、範囲などが以前と全く同じ場合には労働契約法第20条に違反するリスクが存在します。

労働契約法第20条とは、有期雇用労働者と正社員との間で、労働者の義務の内容、業務に伴う責任、職務の内容及び配置の変更範囲に関して、不合理な差をつけることを禁止する法律です。

労働契約法第20条の趣旨は、再雇用の有期雇用労働者と正社員(無期雇用労働者)の待遇や労働範囲を同一に規定するというものではなく、あくまでも不合理な労働条件の相違や待遇の差があり、それらの点について労働者から裁判所へ訴えがなされた場合に労働契約法第20条に違反していると判断され、損害賠償を命じられるリスクが生じます。

3.無期転換ルールの特例制度について

前述した通り、多くの企業は定年後に再雇用を希望する労働者について、雇用形態を無期雇用から有期雇用に変更しながら継続雇用制度を運営しています。
しかしながら、有期雇用契約では、雇用期間が5年を超え、労働者から使用者に対し期間の定めのない無期雇用契約へ切り替えを求めた場合は、無期雇用へ労働条件を変更する必要があります(労働契約法第18条1項)。

例えば、60歳で定年を迎えた労働者を有期契約で65歳まで再雇用した場合、労働者は65歳になったときに(有期契約の開始から5年が経過した時点)無期転換申込権を取得することになります。
無期雇用となると、企業は雇用期間満了を理由に雇用を終了させることができないため、人件費の増額に繋がることが予測されます。

企業側は人件費の増加というリスクがあると積極的に継続雇用制度を運営しない可能性が大きくなるため、企業側のリスクを軽減するために有期雇用特別措置法(正式名は、専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法といいます。)が設けられています。

有期雇用特別措置法では、企業が再雇用した有期労働者に対して、無期雇用転換の申込権発生までの期間において特例を設けた特別措置をとることができます。特別措置を行う場合には、労働局の認定が必要となりますが、有期雇用特別措置の申請が認定されると、無期転換ルールの対象から除外されます。
但し、有期雇用特別措置の制度を導入するには、企業が予め就業規則を整備し、有期雇用特別措置に適応した雇用契約書を作成することが重要です。

4.まとめ

今回は高年齢者雇用確保措置の実態と企業側のリスクについて説明を致しました。高年齢者雇用確保措置を実施により、定年を迎えた65歳未満の労働者は希望をすれば継続して働くことが出来る環境が整いました。

一方で、企業には、労働者からの再雇用の希望に対し、拒否をした場合は損害賠償を請求されるリスクや、再雇用をしたとしても有期雇用で5年以上が経過すると無期雇用へ雇用形態を変更する必要に迫られ人件費の増加に繋がるというリスクに直面しています。

なお、後者のリスクに対しては事前に、労働局から有期雇用特別措置法の認定を受けるなどの対策を講じることも可能なため、労働者との間でトラブルに発展する前に、事前にリスクに備えたいという方は、一度専門家へ相談することをお勧めします。

2019.07.26

各種ハラスメントについて

皆さんは、「ハラスメント」という言葉をご存知ですか?よく問題になっているセクシャルハラスメント、パワーハラスメントなどの単語は、耳にしたことがある方も多いかと思います。

今回の記事では、「ハラスメントにはどのようなものがあるのか?」「ハラスメント被害に遭った場合はどうしたら良いのか?」「ハラスメントが発生した場合に行為者・会社が問われる責任は何か?」についてご説明します。

1.ハラスメントの種類

ハラスメントとは、嫌がらせいじめのことです。近年、ハラスメントによるトラブルは増加しており、「〇〇ハラ」という言葉を見かける機会が増えてきました。では、ハラスメントには一体どのようなものがあるのでしょうか?ここでは、代表的なハラスメントを取り上げてご説明します。

パワーハラスメント

パワーハラスメントパワハラ)とは、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えたり、職場環境を悪化させたりすることを指します。

<具体例>
・挨拶を無視されたり、会話をしてくれなかったりする
・蹴られたり、物を投げつけられたりする
・他の社員もいる中、大声でミスを責められる
・一人では終わらせることができない膨大な量の仕事を強要する

セクシャルハラスメント

セクシャルハラスメントセクハラ)とは、相手方の意に反する性的言動のことを指します。セクハラと聞くと、「男性の性的な言動によって、女性が被害に遭う」というケースを想像される方が多いかもしれません。しかし、「女性の性的な言動によって、男性が被害に遭った」という場合も、もちろんセクハラに該当します。また、同性に対する性的な言動もセクハラに含まれます。

<具体例>
・性的な関係を持つことを要求され、断ったところ解雇される
・上司に度々腰や胸を触られ、苦痛に感じて仕事への意欲が低下している

マタニティハラスメント

マタニティハラスメントマタハラ)とは、職場における妊娠・出産等に関するハラスメントのことを指します。

<具体例>
・妊娠したことを報告したことにより、「妊娠をしたのであれば辞めてもらう」、「もう昇進はできない」と言われる
・育児休業制度の利用を申出・取得したことにより、「休みを取るのであれば辞めてもらう」と言われる

スメルハラスメント

スメルハラスメントスメハラ)とは、体臭や煙草・香水などの匂いに関するハラスメントのことを指します。

<具体例>
・煙草の匂いがする従業員がいる
・生乾きの衣類を着ていることにより、衣類から匂いが発せられる従業員がいる

2.ハラスメント被害に遭ったら

では、実際にハラスメント被害に遭った場合はどうしたら良いのでしょうか?「ハラスメント被害に遭っていると感じるけれど、何をしたらいいのか分からない…」という方もたくさんいらっしゃるかと思います。

もし、ハラスメント被害に遭った場合は、以下の行動を起こしましょう。

(1)いつ、どこで、どのような被害に遭ったのか、近くに誰がいたかなどの具体的状況を詳細に残しておく

メモや録音などの方法によって記録を残しておくことで、後から事実確認をするときの証拠になります。
また、口頭で「ハラスメントをやめてほしい」という要求をして、それでも続くようであれば文書でもやめてほしい旨を申し入れることで、「ハラスメントが行われていたこと」、「やめてほしいと伝えたこと」を証拠に残すという手もあります。

(2)会社の窓口に相談する

人事部や、社内に相談窓口が設けられていれば相談窓口で相談しましょう。

(3)外部の相談窓口に相談する

社内に相談窓口が設けられておらず、社内に相談できる人がいない場合は、全国の労働局・労働基準監督署や、弁護士・社会保険労務士などの専門家に相談しましょう。

3.ハラスメントが発生した場合の行為者・会社の責任

(1)行為者の責任

ハラスメント被害に遭った場合、被害者は行為者(ハラスメントを行った本人)に対して、不法行為責任に基づく損害賠償請求をすることができます。
また、ハラスメントの種類によっては、傷害罪や暴行罪、強制わいせつ罪などに該当し、行為者は刑事責任を追及される可能性があります。

(2)会社の責任

もし、会社がハラスメントを放置し、改善しなかった場合、会社は不法行為責任使用者責任債務不履行責任を負う可能性があり、その場合、被害者は損害賠償請求をすることができます。
また、被害者がハラスメントによりショックを受け、うつ病等の精神障害を発症した場合、労災申請をすれば、労働災害と認定される場合があります。この労働災害認定の頻度・程度によっては、会社について労働基準監督署の調査が行われたり、翌年以降の保険料が増額されたりします。

4.まとめ

本来であれば、会社が、職場でのハラスメントを防止するために対策を講じる必要があります。しかし、ハラスメント防止対策が十分になされていない会社も多く存在しています。
ハラスメントは、個人の尊厳や人格を不当に傷つける許されない行為です。会社がハラスメントを放置することは、従業員が十分な能力を発揮して働くことを妨げる上、職場秩序の乱れに繋がります。「ハラスメント被害に遭っていて辛いけれど、会社に相談しても対応してくれないから我慢するしかない…」と思っていらっしゃる方も、一人で悩まずに、まずは弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談することをご検討ください。

2019.07.25

意外と知らない会社法4「M&Aについて」

M&Aや、事業譲渡、合併など、詳しくは知らないけれど、言葉だけなら聞いたことがある、という方はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?
今回は、M&Aとその種類についてお話していきます。

1.M&Aとは

M&Aとは、いったい何のことでしょうか?
Mは、Mergers、Aは、Acquisitionsの略、つまりM&Aとは合併と買収の総称であり、2つの会社が1つの会社になったり、会社が他の会社の株式取得等により当該会社の経営権を取得することを意味します。
 
M&Aを行うねらいとしては、「業種の異なる会社を手に入れて、事業領域を拡大すること」「後継者問題の解決」「業界の再編」などがあります。
 
さらに、M&Aの代表的な手法として、「事業譲渡」「合併」「会社分割」「TOB」「MBO」「株式移転」「株式交換」などが挙げられますが、1ではまず、M&Aの進め方についてお話していきます。
 
M&Aを行うと、今まで全く関係のなかった会社が自社のものになったり、関連会社、子会社になったりします。
その時、もしM&Aの対象企業に不祥事などの問題があったら、自分たちの会社は、多大な損失を被ったり、社会の信頼を失ったりすることになりかねません。

そうならないためにも、M&Aを行おうとしている側の企業は、買収の対象となる企業の精査を行います。これを「デューデリジェンス(DD)」といいます。
 
このデューデリジェンスも様々な種類が存在し、財務デューデリジェンス、税務デューデリジェンス、法務デューデリジェンス等があります。

例えば、財務デューデリジェンスでは、対象先会社の財務状況を調査します。また、法務デューデリジェンスでは、紛争可能性の有無、知的財産権の登録の有無などについて調査します。

これらを行った結果、何かしらの問題がみつかった場合には、M&Aの中止、もしくは問題を解決するといった判断が必要となります。

2.事業譲渡とは

1で、M&Aには様々な種類があるとお話しましたが、2ではM&Aのうち、「事業譲渡」についてお話します。

事業譲渡とは、言葉の通り、自社の一部、またはすべての事業を他社に譲渡することを言い、ここで言う「事業」とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産を指し、取引先、ノウハウなど利益を生むもの全てを指します。

事業譲渡を行うことが決定すると、基本合意契約を締結し、買い手が売り手の事業調査「デューデリジェンス」を行います。問題がなければ、最終的な事業譲渡契約を締結します。

仮に、事業譲渡の対象が譲渡会社の事業の全部、または一部だった場合、譲渡会社は株主総会の特別決議が必要となります。

ここまで完了すると、譲受会社は名義変更手続や、許認可の手続を行い、事業譲渡の効力発生日を迎えて初めて手続が完了となります。事業譲渡に要する期間としては、早くて3ヶ月、時間を要する場合だと半年~1年かかる場合もあります。

大まかな流れだけを聞くと、簡単にできるもののように感じますが、実際はもっと多くの段階を踏まなければなりませんし、株主総会で事業譲渡に反対する株主がでてきて、スムーズに進まない可能性もあります。ですが、事業譲渡を行うことで様々なメリットを得ることもできますので、事業譲渡を考えている企業は是非前向きに検討してみてください。

3.合併とは

2に続き、3ではM&Aの代表的手法のひとつである「合併」についてお話します。

まず、合併には「吸収合併」と「新設合併」が存在します。
「吸収合併」とは、ある会社が別の会社のすべてを吸収することを言い、この場合、吸収する側の会社のことを「存続会社」、吸収される側の会社のことを「消滅会社」と呼びます。吸収合併をした場合、消滅会社は解散し、存続会社は消滅会社のすべてを受け継ぐことになります。

次に「新設合併」とは、合併する各会社は解散し、新しく会社を作り、新設会社に各会社の全ての資産を移すことを言います。この場合、新たに会社をスタートすることとなり、手間がかかります。そのため、合併をするほとんどの場合は、吸収合併の形がとられます。

2つの合併の共通点としては、様々な商品やサービスを取り扱うことができるようになる、事業領域を広げることができる、などが挙げられます。

では、新設合併では手間がかかる、という理由以外に吸収合併を選ぶ理由は何でしょうか?
吸収合併の場合、存続会社は消滅会社のすべての権利義務を受け継ぎますので、免許の再申請などの必要がなく、課税対象も合併後に増加した分のみとなるため、新設会社と比べてコストを抑えることが可能となります。

さらに、親会社が子会社を吸収合併した場合だと、子会社は今まで以上に新しい商品やサービスの開発に資金を投資し、それが世の中に出て広まることで、親会社にとっても、信頼度の向上、売上のアップなど沢山のメリットが発生することになります。

4.まとめ

今回は、M&Aとその種類についてお話しました。
ただ単にM&Aと言っても、実は多くの種類が存在しますし、一見簡単そうに聞こえるものでも、M&Aが完了するまでには、デューデリジェンスを行ったり、各種申請、届出を行ったりと、時間、手間がかかるものばかりです。

ですが、M&Aを行うことで事業領域の拡大や、売上のアップなどメリットも多く発生しますので、まずはM&A、その種類を知って、チャレンジしてみてください。

2019.07.23

営業職に潜む企業リスク

営業職は、外回りなどにより外勤の時間が多いことから、正確な業務時間の把握が難しいため適切な残業代の算出が難しくなります。
そのため、残業代の代わりとして営業手当を支給している企業も多く存在します。今回はこの様な対応について生じる企業側のリスクについて説明します。

1.営業手当とは

営業職は仕事の成果に応じて報酬が支払われる成果主義であるという考え方から、適切な残業代を計算していない企業が多く存在します。
しかしながら、労働基準法では法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えた時間外労働時間に対して残業代を支払わなければならないと定められています。

つまり、営業手当を残業代の代わりに支払っているからといって、残業代を支払わなくて良いということにはなりません。
仮に営業手当を固定残業代として支給している場合、何時間分の残業代に相当するのか従業員へ明確に示す必要があります。
そして、固定残業代に相当する時間数を超える時間外労働が発生した場合、企業側は残業代を支払う義務が発生します。

2.事業外のみなし労働時間制

多くの企業は、労働時間の把握が難しい営業職に対し、労働時間の計算が容易になることから「事業場外のみなし労働時間制」を取り入れています。

【事業場外のみなし労働時間制】
実際の労働時間にかかわらず、会社以外の場所で仕事をする場合に始業時刻から終業時刻までの所定労働時間を労働したものとみなし、業務を行う上で通常の所定労働時間を超えた労働が必要となる場合においては、業務を行うために必要とされる時間を労働したものとみなして取り扱う制度のこと。

この制度を利用すると、従業員が事業場外において実際には所定労働時間より多く働いていたとしても、所定労働時間が労働時間数とみなされるため残業代の支払いが不要になります。

しかしながら、ここで企業が注意しなければならないのは、「事業場外のみなし労働時間制」を取り入れているからといって、残業代を一切支払わなくて良くなるということではない点です。

労使協定で定めた労働時間や、従業員との間で定めたみなし労働時間を超えた労働時間が発生している場合には、実労働時間に対する残業代を支給する必要があります。また、深夜勤務手当、休日勤務手当などについても通常通り支給しなければならないため、気を付けましょう。

「事業場外のみなし労働時間制」が認められる前提として、事業場外で業務を行い、会社の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難なときという要件を満たしている必要があります。

例えば、電話で上司からの指示を受けながら業務を行っている、上司に対して業務報告を行っている場合では、企業の指揮監督が及んでいる状態であると言えるため「事業場外のみなし労働時間制」の適用が認められず、未払残業代が発生するリスクがあります。

事業場外のみなし労働時間制を採用している企業は、実際の労働状況が制度を利用できる要件を満たしているか確認をすることが大切です。

3.労働時間性について

労働時間を算定する前提として、具体的にどこまでの範囲を労働時間と認定するのでしょうか?業務中の待機時間、又は従業員が自宅へ仕事を持ち帰り作業を行っていた場合でも労働時間に含まれるのでしょうか。  

労働時間に該当するか判断するうえでも、前述したように使用者の指揮監督が及んでいたか、黙示の業務命令が行われていたかという点が重要になります。

よって、業務中の待機時間については、従業員が常に稼働可能な状態で待機していると状態であるため、従業員は指揮命令下にあった判断され労働時間に該当する可能性があります。
労働時間であると判断された場合、例え待機時間であったとしても企業は従業員に対して賃金を支払う必要があります。

それでは、企業側が特段の指示をしていないにも関わらず、従業員が自宅へ仕事を持ち帰り作業を行っていた場合は自宅での業務を行った時間に対し賃金を支払う必要があるのでしょうか?

この問題については具体的な状況によって判断が分かれる部分ではありますが、企業側が明確な指示を行っていない場合でも、従業員がその業務に対応しなければ何らかの不利益が課される可能性があるときには、従業員は労働から解放されていないと見なされ、指揮命令下にあったと判断される可能性もあります。

以上の通り、実際に業務を行っていたかという点や、明確な業務命令の有無だけで判断されるわけでは無いということについて注意することが大切です。

4.まとめ

営業手当を残業代の代わりとして支給していることや、営業は成果主義だから残業を支払わないという事は何の法的根拠にもなりません。
また、事業場外のみなし労働時間制について、残業代を支払わなくて良い制度という間違った認識を元に制度を取り入れていた場合、後に従業員から未払残業代を請求される可能性があります。

自社の労働時間の管理体制について見直しを行い、社労士や弁護士などの専門家に相談しながらリスクを洗い出すことは、安定的に継続した企業運営に繋がります。一度自社の労働管理体制を検討されてみてはいかがでしょうか。

2019.07.17

労働基準法とは? ~年少者の雇用について~

労働者の雇用にあたり、年少者(満18歳未満の者)の雇用について考えたことはありますでしょうか。

近年の人口減少に伴い、外国人労働者の受け入れを積極的に行うところもあるほど、様々な企業が人手不足に頭を悩ましているかと思います。今後、更に人手不足になる可能性が高いことから、今回は年少者を雇用する際の注意点などについて見てきます。

1.年少者の労働契約

まず、年少者と労働契約を結ぶときに注意しないといけない点は年齢です。労働基準法では、原則として、使用者は、児童(15歳に達した日以降の最初の331日までの者)と労働契約を結んではいけないとされています。例外として、非工業的業種又は農林水産業の事業に係る職業で、児童の健康及び福祉に有害ではなく、労働が軽易なものであれば、行政官庁(管轄の労働基準監督署)の許可を得て、満13歳以上の児童を修学時間外に使用することが出来ます。また、映画製作や演劇の事業では満13歳未満の者でも同様に使用することができます。

年少者の使用に関する許可が下りた場合は、年齢を証明する戸籍証明書※を事業場に備え付けることが必要です。更に、児童を使用する場合には、以上に加えて修業に差し支えないことを証明する学校長の証明書及び親権者又は後見人の同意書も事業場に備え付けなければいけません。

また注意点として、労働基準法上では親権者は未成年者(満20歳未満の者)に代わって労働契約を締結してはならず、未成年者の賃金を代わりに受け取ることはできません。そのため、まだ子どもが小さい場合は労働契約締結の場に同席し、事前に年少者本人の口座を作っておくことが望ましいでしょう。

※戸籍証明書は、戸籍をコンピュータ化した自治体が発行する証明書で、従前の紙戸籍で発行していた戸籍謄本・戸籍抄本と同じものです。戸籍謄本は戸籍全部事項証明書に、戸籍抄本は戸籍個人事項証明書に名称が変わりました。年齢が証明できれば大丈夫ですので、どちらの証明書でも問題ありません。

2.年少者の労働条件

次に、年少者の労働条件の中身について見ていきたいと思いますが、年少者の労働条件には以下のような様々な制限があります。具体的に見ていくことにしましょう。

(1)労働時間及び休日

年少者の労働時間及び休日については、以下のような制限があります。

  • ①変形労働時間制・フレックスタイム制、36協定による時間外労働・休日労働は適用できません。ですので、今日10時間労働、明日6時間労働ということが出来ませんし、当然ながら残業もできません。
  • ②児童は修学時間を通算して、1週間について40時間、1日について7時間を超えて労働させてはなりません。
  • ③使用者は、満15歳年度末後を修了した年少者については、次に定めるところにより労働させることが出来ます。

 ア 1週間の労働時間が40時間を超えない範囲内において、1週間のうち1日の労働時間を4時間以内に短縮する場合は、他の日の労働時間を10時間まで延長することが出来ます。ただし、割増賃金が発生するので注意が必要です。
 イ 1週間について48時間、1日について8時間を超えない範囲内において、月単位の変形労働時間制又は1年単位の変形労働時間制の規定により労働させることが出来ます。

(2)深夜業(労働基準法61)

労働基準法上、年少者は非常災害の場合を除き、原則として深夜業(午後10時から午前5時までの労働)を行わせてはならないことになっていますが、以下のように例外が設けられています。

①交替制によって使用する満16歳以上の男性については、深夜業が認められています。
②厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、①の時刻を、地域または期間を限って、午後11時及び午前6時とすることができます。
③交替制によって労働させる事業においては、行政官庁の許可を受けて、①に関わらず午後10時30分まで労働させ、又は②に関わらず午前5時30分から労働させることが出来ることとなっています。
④労働基準法第61条は、災害時には適用されません。また、農林水産業、保健衛生業、電話交換の業務に従事する場合も適用されません。

更に、労働基準監督署の許可を得て使用する児童については、午後8時から午前5時の時間帯に働かせることはできません。

(3)危険有害業務(労働基準法62)

労働基準上では、年少者は肉体的、精神的に未成熟であることから、重量物を取り扱う業務や危険な業務、衛生上または福祉上有害な業務(これを「危険有害業務」と言います。)に就業させることが禁止されています。年少者が就業を制限されている業務には以下のようなものがあります。

  • ・運転中の機械等の掃除、検査、修理等の業務
  • ・ボイラー、クレーン、2トン以上の大型トラック等の運転または取扱いの業務
  • ・深さが5メートル以上の地穴または土砂崩壊のおそれのある場所における業務
  • ・高さが5メートル以上で墜落のおそれのある場所における業務
  • ・有害物または危険物を取り扱う業務
  • ・著しく高温もしくは低音な場所または異常気圧の場所における業務
  • ・バー、キャバレー、クラブ等における業務
(4)坑内労働(労働基準法63)

労働基準法上、年少者を坑内(炭坑やトンネル)で労働させてはいけません。年少者は成年と比較して、体格的にも精神的にも未熟であり、安全や福祉の観点から危険な業務をさせないようにするためです。なお、事務作業(現場での労働時間の管理)であっても、年少者を坑内で働かせることは禁止されています。

(5)帰郷旅費(労働基準法64)

年少者の労働条件とは異なりますが、満18歳に満たない者が解雇の日から14日以内に帰郷する場合においては、使用者は必要な旅費を負担しなければなりません。ただし、満18歳に満たない者がその責に帰すべき事由に基づいて解雇され、使用者がその事由について行政官庁の認定を受けたときは、この限りではありません。従って、使用者の都合で解雇する場合や行政官庁の認定を受けることが出来なかった場合は帰郷旅費が発生しますので、ご注意ください。

3.まとめ

年少者の労働について、意識していないと知らないうちに、労働基準法上禁止されている時間外労働、深夜業、危険有害業務、坑内労働をさせていたということになりかねません。そのため、今後の法改正にも注意しながら、年少者を雇用する際は十分に注意しましょう。

2019.07.12

労働基準法とは? ~労働時間の算定方法~

労働基準法では、労働者の労働時間を管理することが使用者側に義務付けられています。また、労働時間は労働者の残業代に関わってくることから、なるべく労働時間の集計ミスを減らしたいと思っている方も多いのではないでしょうか。
労働時間の集計ミスをしてしまうと、翌月の労働時間の計算や給与計算も面倒になり、更なるミスが発生しまった結果、従業員に不満を持たれる可能性があります。こういったことを未然に防ぐため、労働基準法上の労働時間の算定方法を見ていきたいと思います。

1. 事業場外・坑内・2事業所以上の場合

一般的に労働者の労働時間は、労働基準法で定められた1日8時間、週40時間労働であり、そのほとんどを事業場内で過ごすことになります。ただ、営業職などは、直行直帰や出張により、事業場以外のところで勤務することも多くあるかと思います。そのような場合、労働時間はどのように算定するのでしょうか?

事業場での勤務以外だと、事業場外勤務・坑内勤務・2事業所以上勤務というのが考えられますので、以下に具体的に説明します。

・事業場外勤務…本社や支店などと呼ばれる場所での勤務ではなく、事業場外、つまり運転業務や営業回りなど事業場以外の場所での勤務のことを言います。
・坑内勤務…炭坑やトンネルの掘削現場での勤務のことを言います。
・2事業所以上勤務…2カ所以上での勤務のことを言います。
(1) 事業場外勤務

坑内勤務や2事業所勤務といった事例と比較すると一番多い事例で、出社と退社の時間以外は外で仕事を行う方がいる時、労働時間を算定しにくいかと思います。
そういった場合は、労働基準法上の「事業場外のみなし労働時間制」という制度を利用することによって所定労働時間を働いたものとしてみなすことができます。
所定労働時間分(法定の8時間以内)働いたとみなす場合には労使協定の締結は必要なく、就業規則に記載するだけで構いません。

ただし、みなしの労働時間を仮に10時間に設定するとなると、労使協定の締結が必要となり、またこの場合、2時間は法定外時間労働となるため、毎日2時間分の割増賃金の支払いをしなければならなくなりません。
みなし労働時間を決める際には、ご注意下さい。更に、みなし労働時間の場合であっても、深夜労働や法定休日労働に関しては割増賃金が発生するため、注意が必要です。

(2) 坑内勤務

通常の労働であれば休憩時間は労働時間とみなされません。しかし、労働基準法上、坑内労働は坑内に入った時刻から出た時刻まで休憩時間を含めて労働時間とみなします。

例えば、トンネル内での掘削(坑内労働)の場合には、労働者が、坑内へ入坑し出抗するには、安全確認等の時間や、坑口と作業場の距離があるため、移動に時間がかかったりすることが考えられます。

そのため、休憩時間に安全確認の時間や移動時間をかけて外へ出るよりも、そのまま坑内にとどまる方が合理的に作業を進められます。このような事情を勘案して、坑内労働については、休憩時間も労働時間に含めることとされています。

(3) 2事業所以上

例えば、A支店とB支店(AとBは同じ会社)があるとします。その両方(AとB)で働いている労働時間は、労働基準法上通算することになっています。また、A社とB社(別会社)で従業員が兼業する場合も、労働時間は通算する必要があるため、残業代が不払いにならないように注意しなければなりません。

そこで、就業規則に兼業時には事前に申し出るように記載しておくことによって、知らない間に未払い残業代が発生してしまうのを防ぐことが出来ます。なお、兼業している会社の担当者同士で連絡を取り合い情報共有することが大切ですが、一般的には後で働くことになった事業所にて残業代を支払うのが適切ですので、そのあたりも踏まえて連絡してみましょう。
もし、兼業を認めない場合は兼業の禁止を就業規則や雇用契約書に事前に明記しておき、面接時に本人に了承を得て採用することがトラブルを防止する一つの方法です。

2. 専門業務型裁量労働制

この制度は、研究・開発職や企画職といった、労働の質や成果によって報酬が決定される専門的業務(厚生労働省令及び厚生労働大臣告示によって定められた業務19種 ※1が対象)において、実際の労働時間によらず、一定の労働時間だけ働いたとみなされる制度です。そのため、業務の性質上その実施方法(業務遂行の手段や方法、時間配分等)を労働者の裁量に委ねる必要があります。

この制度を使用する場合は、労使間で書面による協定を締結し、労働基準監督署へ届け出ることが必要です。会社に過半数を超える労働組合がない場合は、過半数代表者と協定を結ぶようにしましょう。
また、当該制度を導入した場合であっても、みなし労働時間が法定労働時間を超える場合、深夜労働や法定休日労働の場合は、割増賃金が発生することは、「事業場外のみなし労働時間制」と同様ですので、ご注意ください。

3.まとめ

今回は、労働時間の算定方法についてまとめました。外回りが多い職種(営業)や特殊(研究・開発職や企画職)な職種を持つ会社では特に注意が必要です。

もし、人員を増やす場合や新規募集する職種の場合、今回説明した内容を踏まえて雇用契約書や就業規則の見直し、面接時の確認事項など、労務面での再考が必要ですので、そこも注意してみてください。

 

※1 業務内容は省略しています。
(1) 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
(2) 情報処理システムの分析又は設計の業務
(3) 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送番組の制作のための取材もしくは編集の業務
(4) 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
(5) 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
(6) コピーライターの業務
(7) システムコンサルタントの業務
(8) インテリアコーディネーターの業務
(9) ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
(10) 証券アナリストの業務
(11) 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
(12) 学校教育法に規定する大学における教授研究の業務
(13) 公認会計士の業務
(14) 弁護士の業務
(15) 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
(16) 不動産鑑定士の業務
(17) 弁理士の業務

2019.07.10

未払い残業代の企業リスク

近年では、残業を前提とする働き方が変わり、可能な限り不要な残業を削減し定時で業務を終了させる働き方が一般的になっています。

一方で、未払残業代、長時間労働に付随する様々な問題も発生しています。今回は会社にとって未払残業代がどの様なリスクを及ぼすのか説明します。

1.法定時間外労働と割増賃金

労働基準法第32条では、法定労働時間を原則1日8時間、1週間40日と定めています。この法定労働時間を超えた労働を、「法定時間外労働」と言います。法定時間外労働については、労働基準法第37条により、使用者に割増賃金の支払義務が生じます(当然ながら、労働者に法定外時間外労働をさせる場合には、36協定の締結が必要となります。)。

これに対して、所定労働時間(企業で定められている始業時間から終業時間までの時間から、休憩時間を差し引いた時間)を超えた労働ではあるが、法定労働時間を超えない場合(法定内時間外労働と言います。)は、労働基準法上、使用者に割増賃金の支払義務は生じません。
この場合、労働基準法上、使用者は労働者に対して通常の賃金を支払えばよく、割増賃金を支払うか否かは労働契約、又は就業規則の規定によります。

では、実際に割増賃金を支払う場合、どのように計算すればいいのでしょうか。割増賃金は①時間外労働、②深夜労働、③休日労働に対して支払われますが、各割増率は次の通りとなります。

① 時間外労働 
法定労働時間を超える労働に対して通常の賃金の25%以上
(大企業の場合、1か月の時間外労働時間が60時間を超える場合は、通常の賃金の50%以上)

② 深夜労働  
午後10時から午前5時までの労働に対して通常の賃金の25%以上

③ 休日労働
法定休日の労働に対して通常の賃金の35%以上

なお、上記が重複する場合には割増率を合算して支払うことになります。例えば、時間外労働と深夜労働が重複した場合の割増率は50%となり、休日労働と深夜労働が重複した場合の割増率は60%となります。
また、法定外休日(所定休日とも言います。)での労働に対しては、その日の勤務により1週間の労働時間が法定労働時間を上回る場合に、時間外労働分につき割増賃金(通常の賃金の25%以上)を支払う必要があります。

2.残業が引き起こすリスク

残業によって発生する主なリスクとして、企業にとって支払賃金が増加するコスト面でのリスク、労働者にとっては健康面でのリスクが考えられます。

企業にとって割増賃金の支払いは人件費の増大に繋がり、予定以上のコストが発生するため、避けたいものです。特に必要性のある残業であれば仕方がないですが、従業員の中には不必要な残業を重ねる労働者が居ることも事実です。
企業としては、その様な不必要な残業を削減するために、社員の意識改革と同時に、業務フローを構築することにより効率的な労働が実現するような体制作りが必要です。また、労働時間を正確に把握することも重要となるため、勤怠管理システムの導入なども1つの対策となります。
更に、残業の場合の事前申請制を導入する等して不必要な残業を行わせない体制作りも重要になります。

また、長時間労働は労働者の健康面にも影響を及ぼすことがあります。労働者に長時間の時間外労働が続いて過重労働の状態になると、心身ともに悪影響を及ぼすことがあります。
なお、厚生労働省では、労働者の心身に生じた疾患の原因が過重労働であるとして、当該労働者に対する労災を認定する基準として、「発症前の1ヵ月間におおむね100時間又は発症前の2ヵ月~6ヵ月間にわたって1ヵ月あたり80時間を超える時間外労働が認められる場合には業務と発症の関連性が強い」という基準を設けています。
このように、時間外労働の時間数は、労災認定の上で重要な目安になっていることがわかります。

労災が認定された場合、企業は労働者から安全配慮義務違反に対する損害賠償請求され、代表者は会社法429条第1項(役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う)に基づき、役員等の第三者に対する損害賠償責任を問われるリスクが生じます。
ですので、企業としては、従業員が過重労働に陥らないように徹底した労務管理を行いましょう。

3.未払残業代を請求されたら

では、実際に労働者から未払残業代を請求された場合、企業にはどのようなリスクが生じるのでしょうか。労働者から未払残業代を請求された場合、残業時間の認定が大きな争点となることが多々あります。

一般的には、タイムカードや出勤簿、パソコンのログ等の客観的な資料から出勤時間と退勤時間を推定し、残業時間を認定します。仮に、労働者が必要な仕事を終えた後に私的な事を行いながら残っていた場合も、訴訟を起こされた場合、裁判所ではタイムカード等の資料を元に判断を行われることが多いため、企業は本来であれば不必要な未払残業代を支払うことになってしまいます。

未払残業代の請求が裁判所を通して争いになった場合のリスクとして、未払残業代に付加金を加算して支払いを命じられることがあります。付加金の金額についてはケースによって異なりますが、キャッシュに余裕がない中小企業では経営を圧迫する大きなリスクになり得ます。

また、未払残業代請求の消滅時効は2年間と定められていますが、企業側が悪質な残業隠しを画策したり、労働基準監督から是正勧告をうけても全く是正しないなどの悪質なケースでは、企業の不法行為責任が認められる場合があります。
不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は3年になるため、3年分の未払残業代とそれに加えた付加金の支払いを命じられる可能性もあります。

4.まとめ

以上の事から、未払残業代を放っていると経営を圧迫するリスクや訴訟に発展するリスクがあることを理解して頂けたと思います。企業は労働者の労働時間を正確に管理し、不要な残業を行わないように、残業を許可制にするなどの対策を取り工夫をしましょう。
労務管理がきちんとできていない企業は未払残業代のリスクが高まるため、確実に労務管理を行う事が重要です。

2019.07.09

労働基準法とは? ~年次有給休暇~

労働基準法では、使用者は、雇入れから6箇月継続勤務し、その期間の全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、10労働日の年次有給休暇を与えなければなりません。
また、下記の表のように、その後1年経過するごとに、1年間継続勤務し、その期間の出勤率が8割以上であれば有給休暇を付与する必要があります。今回は全労働日とは何か、全労働日に含まれる日と含まれない日にはどういった日があるのか、そもそも年次有給休暇にはどういった付与要件や取得方法があるのか見ていきたいと思います。

継続勤務年数 6箇月 1年6箇月 2年6箇月 3年6箇月 4年6箇月 5年6箇月 6年6箇月
年次有給休暇付与日数 10 11 12 14 16 18 20

 

1.年次有給休暇の付与要件である全労働日について

まず、全労働日とは総暦日数(365日又は366日)から就業規則その他で定められた所定休日等を除いた日のことを指します。所定休日等とは具体的に所定休日、不可抗力による休業日、使用者側に起因する経営・管理上の障害による休業日、正当な同盟罷業(ストライキ)その他正当な争議行為(事業所閉鎖・サボタージュなど)により労務の提供が全くなされなかった日、1箇月60時間超の時間外労働に係る上乗せ部分(25%に25%を上乗せ)の割増賃金の支払いに代えて、有給の休暇(「代替休暇」と言います。)を取得して、終日出勤しなかった日のことを指します。

また、出勤率を算出する際に出勤日数に含まれるものは、業務上の傷病により療養のために休業した期間、育児・介護休業法の規定による育児休業又は介護休業をした期間、産前産後休業した期間、年次有給休暇を取得した日です。誤って出勤日数から除かないように注意しましょう。

2.年次有給休暇

(1) 比例付与の要件

アルバイトやパートタイマーの場合は、年次有給休暇が付与されないと思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか?実はそのようなことはありません。労働基準法第39条3項に比例付与というものがあり、所定労働日数及び所定労働時間が通常の労働者と比較して少ない場合は、その所定労働日数に応じて年次有給休暇の付与を行うこととしています。

年次有給休暇の比例付与の対象労働者は、週の所定労働時間が30時間未満かつ、週の所定労働日数が4日以下または年間所定労働日数が216日以下の人と定められています。

比例付与の日数の算出式は以下の通りです。

例として、勤続年数が6ヶ月、1日の労働時間が5時間で、週の所定労働日数が3日の場合を挙げます。
通常の労働者の6箇月間継続勤務の有給休暇付与日数が10日の時は以下の計算式となります。

(1日未満の端数は四捨五入ではなく切り捨てなのでご注意ください。また、通常の労働者の1日の所定労働時間8時間×5日が付与されるのではなく、上記の例の場合、1日の労働時間である5時間×5日が付与されることになります。)

もし、アルバイトやパートタイマーであっても、比例付与の要件に当てはまらない場合(週の所定労働時間が30時間以上かつ週の所定労働日数が5日以上または年間所定労働日数が217日以上)は、通常の労働者と同じ日数の年次有給休暇が付与されることになります。

(2)時間単位の取得

近年では働き方改革により、時間単位で年次有給休暇を取得するケースが増えています。ただし年次有給休暇は、必ずしも時間単位で与えないといけないということではなく、労働組合や労働者の過半数を代表する従業員と書面による協定を結ぶことによって、時間単位での年次有給休暇を与えることが出来るようになります。

なお、時間単位の年次有給休暇の取得制度を整えるにあたって、以下の内容を労使協定に定めなければなりません。

① 取得できる労働者の範囲
② 時間単位年休の日数(時間単位で取得可能なのは、前年度繰越日数を含めて1年間5日分以内である。)
③ 1時間以外の時間を単位とする場合(2時間や4時間など)は、その時間数
④ 時間単位年休1日の時間数(所定労働時間が7時間30分の場合は、その30分は切り上げ、8時間分の時間休となる。)
(3) 希望時季での取得

使用者は労働者が希望する時季(日時)に年次有給休暇を与えなければならないと決められています。しかし、タイミングによっては事業の運営に支障をきたす場合も考えられます。その際は、使用者による時季変更により、労働者が希望する時季とは異なる時季に与えても良いとされています。

(4) 計画的付与

労使協定を結び年次有給休暇の時季の定めをした場合は、有給休暇の5日を超える部分については、その定めにより有給休暇を与えることが出来ます。例えば20日の有休を持っていたら、15日は計画的付与ができるということです。

注意点としては、この労使協定を結んだ場合は、労働者は時季指定権(従業員が年次有給休暇を取得する時季を決められる権利)の行使ができず、使用者は時季変更権(事業の正常な運営を妨げる場合において、使用者が従業員の有給取得の時季を変更できる権利)を行使できなくなります。

そこで、労使どちらかに不都合が生じ、年休の計画的付与の時季を変更する必要が生じたときのために、労使協定内に、「双方の確認のもと問題がなければ変更可能とする。」といった一文を加えておくことをお勧めいたします。

3.まとめ

一口に年次有給休暇といっても取得方法や付与要件には様々な種類があります。労働者側にとっては正当な権利となりますので、アルバイトやパートの方含め、自身の年次有給休暇の状況がどうなっているのか、また、使用者側においては、自社の労働者への年次有給休暇付与が法律に違反していないか、今一度確認してみてはいかがでしょうか。

 

 

2019.07.08

クリニックを作って地域医療に貢献したい方へ

はじめに

この記事では、地域医療への貢献を行いたいドクターや医療経営コンサルタントをはじめとした、医療関係者の方々に向けて診療所開設にあたっての手続をご紹介していきたいと思います。医局に所属する道を選ぶか、勤務医となる道を選ぶか、開業医となる道を選ぶかは個人によりますが、将来に向けて知っておいて損はありません。

実際に、開設しようという決断をして、どのように行動すると良い病院(診療所)がつくることができるかと考える時間を割くために、一通りの手続を把握しておくことがよいでしょう。(法人開設の場合、最低でも、立案→ご準備(X線や用地調達等)→社員総会等→定款変更→開設許可申請→開設届提出→保険医療機関指定申請の手順を踏む必要があります)。

なお、コ・メディカル(医師や歯科医師の指示の下に業務を行う医療従事者のことです。)の人数はもちろんのこと、診療所の各部屋の面積や、部屋の名前の細かい名称、放射線装置の線量の遮蔽計算の数値(管理区域境界において1.3Sv/3月以下である必要性)などの細かい情報も集めなければなりません。

1 立案

「診療所を開設しよう」と思うと、まずは以下の手続があることを踏まえて、綿密な案を練ることが必要で、案を練るためには、開設までに要する期間と費用を計算した上で、必要な設備を予め手配することが必要です。
 
少なくとも、手配が完全でないまま開設に臨むことは、想定をはるかに上回る費用・時間と労力を要する結果となりますので、開設を行おうと考えるときには、十分な準備から始めることが重要です。また、法人開設の場合は個人開設に比べて越えなければならないハードルが非常に高いため、期間を考えるにあたって、以下の手続を考慮していただければ幸いです。
 
例えば、診療所の候補となる場所の賃貸借契約の締結やエックス線の搬入は予め行っておかなければ、のちのち保健所が許可を下ろさず、クリニック開設予定日に間に合わなくなる等、大変なことになります。高額なMRIを設置する診療所はあまりないものと思いますが、MRIを設置する場合はMRIの搬入も行わなければなりません。

2 第1の関門「定款変更とその認可」(医療法人の場合)

医療法人が新たに診療所を開設する場合は、医療法第54条の9第3項・医療法施行規則33条の25の規定の法人の定款を変更してその認可を受ける必要があります。法人の定款変更手続きは、診療所開設の場合は、思い描いていらっしゃるクリニック像に応じて添付すべき資料が変わり、その数は多数に上ることもあり、綿密な事前準備が必要です。
 
事前準備が終わったら、法人の主たる事務所の住所を管轄する保健所に定款変更手続を行うこととなります。診療所開設の場合は、提出資料が多いと記載しましたが、保健所において、これをチェックすることになるので、定款変更認可が下りるまでにそれなりの時間がかかります。標準処理期間は保健所によって異なるので、その点でも注意が必要です。

全ての添付書類をまず、厳重にチェックする係の方がいらっしゃり、さらにそのチェックした書類を上長がさらに厳重にチェックするものと思われます。
保健所の最終決裁権者が決裁を行うと、定款変更について、保健所の認可が下りることになります。

3 第2の関門「現地保健所の開設許可」

(1)開設許可申請

新たに診療所を開設しようとするときは、医療法7条1項に基づく都道府県知事または保健所設置市においては市の許可、特別区においては特別区の許可を要します。

この手続きを行うに先んじて、X線を設置する診療所ではX線の遮蔽計算という計算書を予め入手しておかなければなりません。この書類の取得にも時間がかかりますのでご注意ください。
また、ある場所を借りて診療所にする場合、賃貸借契約書の控えや、診療所に関する地理的情報等の記載されている文書、更には取得している医師免許証などの提出が必要となる場合があります。このように、準備が必要な書類が多岐にわたるため、事前に打合せなどを勧める保健所もあります。

各書類が集まったらようやく許可申請手続が開始されます。これにも、定款変更の認可と同様に、保健所の職員のチェックに時間がかかります。各書類のチェックが全部終了し、開設しても問題がないと判断されれば開設許可が下り、一応は開設をすることができる状態になります。

(2)開設届の提出

準備を整え、実際に開設をした後は保健所に開設届を提出しなければなりません。

4 第3の関門「厚生局の保険医療機関指定」

以上の手続きを終えても、まだ保険診療にたどりつけません。この後、厚生局の保険医療機関指定を受けなければ保険診療はできません。したがって、今度は地方厚生局の各都道府県事務所に対して保険医療機関指定申請を行う必要があります。
こちらでは、基本的に保健所に提出した書類をそのまま提出することとなりますが、追加で必要となる書類もあります。地方厚生局の指定申請は毎月の締切日があり、その日を逃してしまうと指定が1ヶ月も先送りになってしまいますので、お気をつけください。

5 まとめ

このように、診療所を開設するにはかなりの道のりを踏まなければなりません。特に認可・許可・指定という段階は高いハードルですので、長期的なスパンで開設を考えて行動するのが妥当です。少なくとも手続に4~6ヶ月以上はかかるものであるとの認識で行動すべきでしょう。

クリニックを作って地域医療に貢献したい方へ

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