労働基準法とは? ~労働時間の算定方法~
労働基準法では、労働者の労働時間を管理することが使用者側に義務付けられています。また、労働時間は労働者の残業代に関わってくることから、なるべく労働時間の集計ミスを減らしたいと思っている方も多いのではないでしょうか。
労働時間の集計ミスをしてしまうと、翌月の労働時間の計算や給与計算も面倒になり、更なるミスが発生しまった結果、従業員に不満を持たれる可能性があります。こういったことを未然に防ぐため、労働基準法上の労働時間の算定方法を見ていきたいと思います。
1. 事業場外・坑内・2事業所以上の場合
一般的に労働者の労働時間は、労働基準法で定められた1日8時間、週40時間労働であり、そのほとんどを事業場内で過ごすことになります。ただ、営業職などは、直行直帰や出張により、事業場以外のところで勤務することも多くあるかと思います。そのような場合、労働時間はどのように算定するのでしょうか?
事業場での勤務以外だと、事業場外勤務・坑内勤務・2事業所以上勤務というのが考えられますので、以下に具体的に説明します。
・坑内勤務…炭坑やトンネルの掘削現場での勤務のことを言います。
・2事業所以上勤務…2カ所以上での勤務のことを言います。
(1) 事業場外勤務
坑内勤務や2事業所勤務といった事例と比較すると一番多い事例で、出社と退社の時間以外は外で仕事を行う方がいる時、労働時間を算定しにくいかと思います。
そういった場合は、労働基準法上の「事業場外のみなし労働時間制」という制度を利用することによって所定労働時間を働いたものとしてみなすことができます。
所定労働時間分(法定の8時間以内)働いたとみなす場合には労使協定の締結は必要なく、就業規則に記載するだけで構いません。
ただし、みなしの労働時間を仮に10時間に設定するとなると、労使協定の締結が必要となり、またこの場合、2時間は法定外時間労働となるため、毎日2時間分の割増賃金の支払いをしなければならなくなりません。
みなし労働時間を決める際には、ご注意下さい。更に、みなし労働時間の場合であっても、深夜労働や法定休日労働に関しては割増賃金が発生するため、注意が必要です。
(2) 坑内勤務
通常の労働であれば休憩時間は労働時間とみなされません。しかし、労働基準法上、坑内労働は坑内に入った時刻から出た時刻まで休憩時間を含めて労働時間とみなします。
例えば、トンネル内での掘削(坑内労働)の場合には、労働者が、坑内へ入坑し出抗するには、安全確認等の時間や、坑口と作業場の距離があるため、移動に時間がかかったりすることが考えられます。
そのため、休憩時間に安全確認の時間や移動時間をかけて外へ出るよりも、そのまま坑内にとどまる方が合理的に作業を進められます。このような事情を勘案して、坑内労働については、休憩時間も労働時間に含めることとされています。
(3) 2事業所以上
例えば、A支店とB支店(AとBは同じ会社)があるとします。その両方(AとB)で働いている労働時間は、労働基準法上通算することになっています。また、A社とB社(別会社)で従業員が兼業する場合も、労働時間は通算する必要があるため、残業代が不払いにならないように注意しなければなりません。
そこで、就業規則に兼業時には事前に申し出るように記載しておくことによって、知らない間に未払い残業代が発生してしまうのを防ぐことが出来ます。なお、兼業している会社の担当者同士で連絡を取り合い情報共有することが大切ですが、一般的には後で働くことになった事業所にて残業代を支払うのが適切ですので、そのあたりも踏まえて連絡してみましょう。
もし、兼業を認めない場合は兼業の禁止を就業規則や雇用契約書に事前に明記しておき、面接時に本人に了承を得て採用することがトラブルを防止する一つの方法です。
2. 専門業務型裁量労働制
この制度は、研究・開発職や企画職といった、労働の質や成果によって報酬が決定される専門的業務(厚生労働省令及び厚生労働大臣告示によって定められた業務19種 ※1が対象)において、実際の労働時間によらず、一定の労働時間だけ働いたとみなされる制度です。そのため、業務の性質上その実施方法(業務遂行の手段や方法、時間配分等)を労働者の裁量に委ねる必要があります。
この制度を使用する場合は、労使間で書面による協定を締結し、労働基準監督署へ届け出ることが必要です。会社に過半数を超える労働組合がない場合は、過半数代表者と協定を結ぶようにしましょう。
また、当該制度を導入した場合であっても、みなし労働時間が法定労働時間を超える場合、深夜労働や法定休日労働の場合は、割増賃金が発生することは、「事業場外のみなし労働時間制」と同様ですので、ご注意ください。
3.まとめ
今回は、労働時間の算定方法についてまとめました。外回りが多い職種(営業)や特殊(研究・開発職や企画職)な職種を持つ会社では特に注意が必要です。
もし、人員を増やす場合や新規募集する職種の場合、今回説明した内容を踏まえて雇用契約書や就業規則の見直し、面接時の確認事項など、労務面での再考が必要ですので、そこも注意してみてください。
※1 業務内容は省略しています。
(1) 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
(2) 情報処理システムの分析又は設計の業務
(3) 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送番組の制作のための取材もしくは編集の業務
(4) 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
(5) 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
(6) コピーライターの業務
(7) システムコンサルタントの業務
(8) インテリアコーディネーターの業務
(9) ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
(10) 証券アナリストの業務
(11) 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
(12) 学校教育法に規定する大学における教授研究の業務
(13) 公認会計士の業務
(14) 弁護士の業務
(15) 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
(16) 不動産鑑定士の業務
(17) 弁理士の業務
未払い残業代の企業リスク
近年では、残業を前提とする働き方が変わり、可能な限り不要な残業を削減し定時で業務を終了させる働き方が一般的になっています。
一方で、未払残業代、長時間労働に付随する様々な問題も発生しています。今回は会社にとって未払残業代がどの様なリスクを及ぼすのか説明します。
1.法定時間外労働と割増賃金
労働基準法第32条では、法定労働時間を原則1日8時間、1週間40日と定めています。この法定労働時間を超えた労働を、「法定時間外労働」と言います。法定時間外労働については、労働基準法第37条により、使用者に割増賃金の支払義務が生じます(当然ながら、労働者に法定外時間外労働をさせる場合には、36協定の締結が必要となります。)。
これに対して、所定労働時間(企業で定められている始業時間から終業時間までの時間から、休憩時間を差し引いた時間)を超えた労働ではあるが、法定労働時間を超えない場合(法定内時間外労働と言います。)は、労働基準法上、使用者に割増賃金の支払義務は生じません。
この場合、労働基準法上、使用者は労働者に対して通常の賃金を支払えばよく、割増賃金を支払うか否かは労働契約、又は就業規則の規定によります。
では、実際に割増賃金を支払う場合、どのように計算すればいいのでしょうか。割増賃金は①時間外労働、②深夜労働、③休日労働に対して支払われますが、各割増率は次の通りとなります。
① 時間外労働
法定労働時間を超える労働に対して通常の賃金の25%以上
(大企業の場合、1か月の時間外労働時間が60時間を超える場合は、通常の賃金の50%以上)
② 深夜労働
午後10時から午前5時までの労働に対して通常の賃金の25%以上
③ 休日労働
法定休日の労働に対して通常の賃金の35%以上
なお、上記が重複する場合には割増率を合算して支払うことになります。例えば、時間外労働と深夜労働が重複した場合の割増率は50%となり、休日労働と深夜労働が重複した場合の割増率は60%となります。
また、法定外休日(所定休日とも言います。)での労働に対しては、その日の勤務により1週間の労働時間が法定労働時間を上回る場合に、時間外労働分につき割増賃金(通常の賃金の25%以上)を支払う必要があります。
2.残業が引き起こすリスク
残業によって発生する主なリスクとして、企業にとって支払賃金が増加するコスト面でのリスク、労働者にとっては健康面でのリスクが考えられます。
企業にとって割増賃金の支払いは人件費の増大に繋がり、予定以上のコストが発生するため、避けたいものです。特に必要性のある残業であれば仕方がないですが、従業員の中には不必要な残業を重ねる労働者が居ることも事実です。
企業としては、その様な不必要な残業を削減するために、社員の意識改革と同時に、業務フローを構築することにより効率的な労働が実現するような体制作りが必要です。また、労働時間を正確に把握することも重要となるため、勤怠管理システムの導入なども1つの対策となります。
更に、残業の場合の事前申請制を導入する等して不必要な残業を行わせない体制作りも重要になります。
また、長時間労働は労働者の健康面にも影響を及ぼすことがあります。労働者に長時間の時間外労働が続いて過重労働の状態になると、心身ともに悪影響を及ぼすことがあります。
なお、厚生労働省では、労働者の心身に生じた疾患の原因が過重労働であるとして、当該労働者に対する労災を認定する基準として、「発症前の1ヵ月間におおむね100時間又は発症前の2ヵ月~6ヵ月間にわたって1ヵ月あたり80時間を超える時間外労働が認められる場合には業務と発症の関連性が強い」という基準を設けています。
このように、時間外労働の時間数は、労災認定の上で重要な目安になっていることがわかります。
労災が認定された場合、企業は労働者から安全配慮義務違反に対する損害賠償請求され、代表者は会社法429条第1項(役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う)に基づき、役員等の第三者に対する損害賠償責任を問われるリスクが生じます。
ですので、企業としては、従業員が過重労働に陥らないように徹底した労務管理を行いましょう。
3.未払残業代を請求されたら
では、実際に労働者から未払残業代を請求された場合、企業にはどのようなリスクが生じるのでしょうか。労働者から未払残業代を請求された場合、残業時間の認定が大きな争点となることが多々あります。
一般的には、タイムカードや出勤簿、パソコンのログ等の客観的な資料から出勤時間と退勤時間を推定し、残業時間を認定します。仮に、労働者が必要な仕事を終えた後に私的な事を行いながら残っていた場合も、訴訟を起こされた場合、裁判所ではタイムカード等の資料を元に判断を行われることが多いため、企業は本来であれば不必要な未払残業代を支払うことになってしまいます。
未払残業代の請求が裁判所を通して争いになった場合のリスクとして、未払残業代に付加金を加算して支払いを命じられることがあります。付加金の金額についてはケースによって異なりますが、キャッシュに余裕がない中小企業では経営を圧迫する大きなリスクになり得ます。
また、未払残業代請求の消滅時効は2年間と定められていますが、企業側が悪質な残業隠しを画策したり、労働基準監督から是正勧告をうけても全く是正しないなどの悪質なケースでは、企業の不法行為責任が認められる場合があります。
不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は3年になるため、3年分の未払残業代とそれに加えた付加金の支払いを命じられる可能性もあります。
4.まとめ
以上の事から、未払残業代を放っていると経営を圧迫するリスクや訴訟に発展するリスクがあることを理解して頂けたと思います。企業は労働者の労働時間を正確に管理し、不要な残業を行わないように、残業を許可制にするなどの対策を取り工夫をしましょう。
労務管理がきちんとできていない企業は未払残業代のリスクが高まるため、確実に労務管理を行う事が重要です。
労働基準法とは? ~年次有給休暇~
労働基準法では、使用者は、雇入れから6箇月継続勤務し、その期間の全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、10労働日の年次有給休暇を与えなければなりません。
また、下記の表のように、その後1年経過するごとに、1年間継続勤務し、その期間の出勤率が8割以上であれば有給休暇を付与する必要があります。今回は全労働日とは何か、全労働日に含まれる日と含まれない日にはどういった日があるのか、そもそも年次有給休暇にはどういった付与要件や取得方法があるのか見ていきたいと思います。
継続勤務年数 | 6箇月 | 1年6箇月 | 2年6箇月 | 3年6箇月 | 4年6箇月 | 5年6箇月 | 6年6箇月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
年次有給休暇付与日数 | 10 | 11 | 12 | 14 | 16 | 18 | 20 |
1.年次有給休暇の付与要件である全労働日について
まず、全労働日とは総暦日数(365日又は366日)から就業規則その他で定められた所定休日等を除いた日のことを指します。所定休日等とは具体的に所定休日、不可抗力による休業日、使用者側に起因する経営・管理上の障害による休業日、正当な同盟罷業(ストライキ)その他正当な争議行為(事業所閉鎖・サボタージュなど)により労務の提供が全くなされなかった日、1箇月60時間超の時間外労働に係る上乗せ部分(25%に25%を上乗せ)の割増賃金の支払いに代えて、有給の休暇(「代替休暇」と言います。)を取得して、終日出勤しなかった日のことを指します。
また、出勤率を算出する際に出勤日数に含まれるものは、業務上の傷病により療養のために休業した期間、育児・介護休業法の規定による育児休業又は介護休業をした期間、産前産後休業した期間、年次有給休暇を取得した日です。誤って出勤日数から除かないように注意しましょう。
2.年次有給休暇
(1) 比例付与の要件
アルバイトやパートタイマーの場合は、年次有給休暇が付与されないと思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか?実はそのようなことはありません。労働基準法第39条3項に比例付与というものがあり、所定労働日数及び所定労働時間が通常の労働者と比較して少ない場合は、その所定労働日数に応じて年次有給休暇の付与を行うこととしています。
年次有給休暇の比例付与の対象労働者は、週の所定労働時間が30時間未満かつ、週の所定労働日数が4日以下または年間所定労働日数が216日以下の人と定められています。
比例付与の日数の算出式は以下の通りです。
例として、勤続年数が6ヶ月、1日の労働時間が5時間で、週の所定労働日数が3日の場合を挙げます。
通常の労働者の6箇月間継続勤務の有給休暇付与日数が10日の時は以下の計算式となります。
(1日未満の端数は四捨五入ではなく切り捨てなのでご注意ください。また、通常の労働者の1日の所定労働時間8時間×5日が付与されるのではなく、上記の例の場合、1日の労働時間である5時間×5日が付与されることになります。)
もし、アルバイトやパートタイマーであっても、比例付与の要件に当てはまらない場合(週の所定労働時間が30時間以上かつ週の所定労働日数が5日以上または年間所定労働日数が217日以上)は、通常の労働者と同じ日数の年次有給休暇が付与されることになります。
(2)時間単位の取得
近年では働き方改革により、時間単位で年次有給休暇を取得するケースが増えています。ただし年次有給休暇は、必ずしも時間単位で与えないといけないということではなく、労働組合や労働者の過半数を代表する従業員と書面による協定を結ぶことによって、時間単位での年次有給休暇を与えることが出来るようになります。
なお、時間単位の年次有給休暇の取得制度を整えるにあたって、以下の内容を労使協定に定めなければなりません。
② 時間単位年休の日数(時間単位で取得可能なのは、前年度繰越日数を含めて1年間5日分以内である。)
③ 1時間以外の時間を単位とする場合(2時間や4時間など)は、その時間数
④ 時間単位年休1日の時間数(所定労働時間が7時間30分の場合は、その30分は切り上げ、8時間分の時間休となる。)
(3) 希望時季での取得
使用者は労働者が希望する時季(日時)に年次有給休暇を与えなければならないと決められています。しかし、タイミングによっては事業の運営に支障をきたす場合も考えられます。その際は、使用者による時季変更により、労働者が希望する時季とは異なる時季に与えても良いとされています。
(4) 計画的付与
労使協定を結び年次有給休暇の時季の定めをした場合は、有給休暇の5日を超える部分については、その定めにより有給休暇を与えることが出来ます。例えば20日の有休を持っていたら、15日は計画的付与ができるということです。
注意点としては、この労使協定を結んだ場合は、労働者は時季指定権(従業員が年次有給休暇を取得する時季を決められる権利)の行使ができず、使用者は時季変更権(事業の正常な運営を妨げる場合において、使用者が従業員の有給取得の時季を変更できる権利)を行使できなくなります。
そこで、労使どちらかに不都合が生じ、年休の計画的付与の時季を変更する必要が生じたときのために、労使協定内に、「双方の確認のもと問題がなければ変更可能とする。」といった一文を加えておくことをお勧めいたします。
3.まとめ
一口に年次有給休暇といっても取得方法や付与要件には様々な種類があります。労働者側にとっては正当な権利となりますので、アルバイトやパートの方含め、自身の年次有給休暇の状況がどうなっているのか、また、使用者側においては、自社の労働者への年次有給休暇付与が法律に違反していないか、今一度確認してみてはいかがでしょうか。
クリニックを作って地域医療に貢献したい方へ
はじめに
この記事では、地域医療への貢献を行いたいドクターや医療経営コンサルタントをはじめとした、医療関係者の方々に向けて診療所開設にあたっての手続をご紹介していきたいと思います。医局に所属する道を選ぶか、勤務医となる道を選ぶか、開業医となる道を選ぶかは個人によりますが、将来に向けて知っておいて損はありません。
実際に、開設しようという決断をして、どのように行動すると良い病院(診療所)がつくることができるかと考える時間を割くために、一通りの手続を把握しておくことがよいでしょう。(法人開設の場合、最低でも、立案→ご準備(X線や用地調達等)→社員総会等→定款変更→開設許可申請→開設届提出→保険医療機関指定申請の手順を踏む必要があります)。
なお、コ・メディカル(医師や歯科医師の指示の下に業務を行う医療従事者のことです。)の人数はもちろんのこと、診療所の各部屋の面積や、部屋の名前の細かい名称、放射線装置の線量の遮蔽計算の数値(管理区域境界において1.3Sv/3月以下である必要性)などの細かい情報も集めなければなりません。
1 立案
「診療所を開設しよう」と思うと、まずは以下の手続があることを踏まえて、綿密な案を練ることが必要で、案を練るためには、開設までに要する期間と費用を計算した上で、必要な設備を予め手配することが必要です。
少なくとも、手配が完全でないまま開設に臨むことは、想定をはるかに上回る費用・時間と労力を要する結果となりますので、開設を行おうと考えるときには、十分な準備から始めることが重要です。また、法人開設の場合は個人開設に比べて越えなければならないハードルが非常に高いため、期間を考えるにあたって、以下の手続を考慮していただければ幸いです。
例えば、診療所の候補となる場所の賃貸借契約の締結やエックス線の搬入は予め行っておかなければ、のちのち保健所が許可を下ろさず、クリニック開設予定日に間に合わなくなる等、大変なことになります。高額なMRIを設置する診療所はあまりないものと思いますが、MRIを設置する場合はMRIの搬入も行わなければなりません。
2 第1の関門「定款変更とその認可」(医療法人の場合)
医療法人が新たに診療所を開設する場合は、医療法第54条の9第3項・医療法施行規則33条の25の規定の法人の定款を変更してその認可を受ける必要があります。法人の定款変更手続きは、診療所開設の場合は、思い描いていらっしゃるクリニック像に応じて添付すべき資料が変わり、その数は多数に上ることもあり、綿密な事前準備が必要です。
事前準備が終わったら、法人の主たる事務所の住所を管轄する保健所に定款変更手続を行うこととなります。診療所開設の場合は、提出資料が多いと記載しましたが、保健所において、これをチェックすることになるので、定款変更認可が下りるまでにそれなりの時間がかかります。標準処理期間は保健所によって異なるので、その点でも注意が必要です。
全ての添付書類をまず、厳重にチェックする係の方がいらっしゃり、さらにそのチェックした書類を上長がさらに厳重にチェックするものと思われます。
保健所の最終決裁権者が決裁を行うと、定款変更について、保健所の認可が下りることになります。
3 第2の関門「現地保健所の開設許可」
(1)開設許可申請
新たに診療所を開設しようとするときは、医療法7条1項に基づく都道府県知事または保健所設置市においては市の許可、特別区においては特別区の許可を要します。
この手続きを行うに先んじて、X線を設置する診療所ではX線の遮蔽計算という計算書を予め入手しておかなければなりません。この書類の取得にも時間がかかりますのでご注意ください。
また、ある場所を借りて診療所にする場合、賃貸借契約書の控えや、診療所に関する地理的情報等の記載されている文書、更には取得している医師免許証などの提出が必要となる場合があります。このように、準備が必要な書類が多岐にわたるため、事前に打合せなどを勧める保健所もあります。
各書類が集まったらようやく許可申請手続が開始されます。これにも、定款変更の認可と同様に、保健所の職員のチェックに時間がかかります。各書類のチェックが全部終了し、開設しても問題がないと判断されれば開設許可が下り、一応は開設をすることができる状態になります。
(2)開設届の提出
準備を整え、実際に開設をした後は保健所に開設届を提出しなければなりません。
4 第3の関門「厚生局の保険医療機関指定」
以上の手続きを終えても、まだ保険診療にたどりつけません。この後、厚生局の保険医療機関指定を受けなければ保険診療はできません。したがって、今度は地方厚生局の各都道府県事務所に対して保険医療機関指定申請を行う必要があります。
こちらでは、基本的に保健所に提出した書類をそのまま提出することとなりますが、追加で必要となる書類もあります。地方厚生局の指定申請は毎月の締切日があり、その日を逃してしまうと指定が1ヶ月も先送りになってしまいますので、お気をつけください。
5 まとめ
このように、診療所を開設するにはかなりの道のりを踏まなければなりません。特に認可・許可・指定という段階は高いハードルですので、長期的なスパンで開設を考えて行動するのが妥当です。少なくとも手続に4~6ヶ月以上はかかるものであるとの認識で行動すべきでしょう。
従業員が50人以上になったら?~労働災害防止のための事業者の義務
事業者には労働災害を防止する責任があり、このことは労働安全衛生法に規定されています。
労働安全衛生法では、事業者に対し、労働者数が常時50人以上となった場合に、いくつかの取り組みが義務付けられています。労働者が50人に増加した場合、事業者は何を行わなければならないのでしょうか?
1.安全管理者または衛生管理者の選任義務について
労働災害を防止するためには、事業場において安全衛生を確保するための安全管理体制を確立することが不可欠です。労働安全衛生法では、同法目的条文にある「責任体制の明確化及び自主的活動の促進」を受けて、安全衛生管理体制が規定されています。安全管理体制とは、労働災害を防止するための、一つの企業内での組織づくりの取り組み方と言えます。
常時50人以上の労働者を使用する事業者は、業種にしたがって、安全管理者又は衛生管理者を選任しなければならないとされています。次の①~⑤の業務のうち、安全管理者は安全に係る技術的事項の管理を、衛生管理者は衛生に係る技術的事項の管理を業務とします。
②労働者の安全又は衛生のための教育の実施に関すること。
③健康診断の実施その他健康の保持増進のための措置に関すること。
④労働災害の調査及び再発防止対策に関すること。
⑤上記①~④に掲げるもののほか、労働災害を防止するために必要な業務で、厚生労働省令で定めるもの。
安全管理者を選任しなければならない事業者は、林業、鉱業、建設業、運送業、清掃業、製造業等と定められており、労働災害の危険が大きい業種と言えます。その他の業種の事業者は、衛生管理者を選任しなければなりません。
安全管理者の資格については、「大学又は高等専門学校における理科系統の正規課程を卒業し、その後2年(高等学校の同課程を卒業した者は4年)以上産業安全の実務に従事した経験を有する者が、安全に係る技術的事項を管理するのに必要な知識についての研修を修了すること」、とされています。
業種の性質上、理科系統を卒業した従業員がいる場合は、その従業員に研修を受けさせ安全管理者の資格を取得させるのが、実務上の対応になります。該当する従業員がいない場合は、労働安全コンサルタントに外部委託することができます。
衛生管理者の資格については、「都道府県労働局長の免許を受けた者、医師又は歯科医師、労働衛生コンサルタントのいずれか」とされています。実務上の対応としては、従業員に第1種衛生管理者等の試験を受験させ、免許を取らせるということになります。
2.産業医の選任義務について
常時50人以上の労働者を使用する事業者は、業種を問わず、産業医を選任しなければならないとされています。産業医の職務は、労働者の健康管理にかかる事項です。産業医の資格は医師とされているため、基本的には外部委託によるのが実務の対応です。
3.安全委員会、衛生委員会の設置義務について
労働災害を防止するためには、前述の管理者等に一定の義務を課すだけでは不十分であり、労働者自身がその事業場の安全衛生の問題について関心を持ち、かつ、その意見を事業者等が管理面に反映させることが必要です。
そのために、常時50人以上の労働者を使用する事業場については、安全衛生に関する一定の事項を調査審議させ、労働者が事業者に対し意見を述べることができるように、安全委員会、衛生委員会の設置が義務付けられています。
安全委員会を設置しなければならない事業場は、林業、工業、建設業、製造業、運送業等の業種とされています。
衛生委員会は、業種を問わずすべての事業場において設置が義務付けられています
事業者は、安全委員会及び衛生委員会ともに設けなければならないときは、安全衛生委員会として設置することができます。
安全委員会の委員構成は、事業者の事業の実施を統括管理する者を委員の1人とし、その委員が議長となるほか、安全管理者、その他の従業員で、安全に関し経験を有するもののうちから事業者が指名した者とされています。
衛生委員会の委員構成は、事業者の事業の実施を統括管理する者を委員の1人とし、その委員が議長となるほか、衛生管理者、産業医、その他の従業員で、衛生に関し経験を有するもののうちから事業者が指名した者とされています。
事業者は、安全委員会、衛生委員会(又は安全衛生委員会)を毎月1回以上開催することを義務付けられています。
4. ストレスチェック制度について
仕事による強いストレスが原因で精神障害を発病し、労災認定される労働者が、平成18年度以降増加傾向にあります。そのため、事業者においても労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止することが重要な課題となっています。こうした背景を踏まえ、心理的な負担の程度を把握するための検査及びその結果に基づく面接指導の実施を、事業者に義務付けること等を内容とした、ストレスチェック制度が平成27年12月1日より施行されました。
ストレスチェック制度は、常時50人以上の労働者を使用する事業者が対象とされています。
事業場における事業者による労働者のメンタルヘルスケアは、取り組みの段階ごとに、次の三つに分けられます。
② メンタルヘルス不調を早期に発見し、適切な対応を行う「二次予防」
③ メンタルヘルス不調となった労働者の職場復帰を支援する「三次予防」
「メンタルヘルス不調」とは、精神及び行動の障害に分類される精神障害及び自殺だけでなく、ストレス、強い悩み及び不安等、労働者の心身の健康、社会生活及び生活の質に影響を与える可能性のある精神的及び行動上の問題を幅広く含むものを言います。
事業者は、労働者に対し、医師、保健師等による心理的な負担の程度を把握するための検査(以下「検査」と表記します。)を行わなければなりません。
5.まとめ
事業者の常日頃の努力がなくては労働災害の防止は図れません。平成31年4月1日施行の労働安全衛生法及び同規則改正により、時間外労働が月100時間超えた場合には、医師による面接指導を実施することを事業者に義務付けています。また同法改正により、産業医の強化についても定められており、事業者におかれましては、今後の改正にも注意し安全衛生管理体制の構築に取り組くんで頂ければと思います。
意外と知らない、「契約」とは?
みなさんは、「契約」とは何か、答えることができますか?
なんとなく分かっているつもりだけれど、どんなものかと聞かれると答えに困ってしまう、そんな感じではないでしょうか。
今回は、「契約」とは何か、お話していきます。
1.「契約」とは?
(1)はじめに
何か新しいことを始めるとき、新しいものを買うときなど、私たちの生活の中では何かと契約、契約書が必要とされます。名前や住所を書いて、署名押印をして、それも1枚ではなく何枚も・・・正直、面倒だと感じることもありますよね。
なぜわざわざ契約書を作成しなければならないのでしょうか?約束をするだけでは足りないのでしょうか?
今回は契約をすること、契約書を作ることの必要性についてお話します。
(2)契約と約束の違い
先ほど、「契約ではなく約束をするだけではだめなのか」と書きましたが、そもそも契約と約束の違いは何でしょうか?
例えば、「今度の土曜日映画をみに行こう。」「明日、一緒に買い物に行こう。」というのは約束であり、「この家を買います。」というのは契約になります。これらの違いは、一定の権利や義務が発生し、合意内容の実現が法律的に強制されるか否かという点にあります
もちろん、約束は守らなければならないものですが、仮に約束を破られたとしても、それ以上何かできる訳ではありません。しかし、契約では、法律上の権利や義務が発生するため、契約を破った者に対しては、裁判所に訴え、損害賠償や契約内容の履行を強制的に求めることができるのです。
2.「契約」が成立するまで
では次に、どのようにすれば「契約」が成立するのかをお話していきたいと思います。
ハンコについての記事の中で、「契約」は当事者が契約内容に合意をすれば成立するとお話しました。
参考記事:ハンコの持つ効力と役割
例えば、AさんがBさんから10万円で車を買うことになったとします。Aさんは車を10万円で買うこと、Bさんは10万円で車を売ることに同意しています。したがって、この時点で契約は成立したことになります。
ですので、もしAさんが車の代金10万円を支払わなかったときには、契約書の有無に関わらず、BさんはAさんに対して、売買代金支払債務の履行を求めることができます。
以上のことからすると、当事者が契約内容に合意をしていれば、口頭でも契約成立となりますので、契約書を作成する必要はありません。ですが、私たちは何か契約をするたびに契約書を作成し、そしてその契約書に署名や押印をします。
契約書がなくても契約は成立するはずなのに、手間をかけて契約書を作成する理由は何なのでしょうか?
例えば、先ほどの例で、BさんがAさんに車を引き渡したあとに、Aさんが「車を10万円で買うなんて言っていない。5万円しか支払わない。」と言ってきたとします。当事者の合意によって10万円での車の売買契約が成立していますので、AさんはBさんに対して10万円の売買代金支払債務を負っています。
しかしながら、口頭での契約だったため、車の売買代金が10万円だという証拠がありません。
このようなとき、契約書を作成していれば、車の売買代金は10万円だと証明することができるため、訴訟に至った場合でも、特段の事情がない限り、勝訴判決を得ることができ、Aさんに10万円を支払わせることができます。
上記例のように、契約書は当事者が契約に同意したことの証拠となりますので、後のトラブルを防ぐためにも、契約書を作成することをおすすめします。
3.「契約」の種類
1と2で、「契約」とは何か、どのように「契約」が成立するかなどについてお話をしてきました。3では、「契約」の種類について会社員Cさんの1日に沿って紹介していきます。
朝、Cさんは会社までDさんから購入した車(売買契約)に乗って出社しています。
会社に着きました。会社はとあるビルの5階にあり、会社がビルのオーナーと賃貸借契約を結んでいます。また、Cさんは会社との間で雇用契約を結んでいます。
仕事上で、何かを外部の業者に依頼するときは、会社と当該業者の間で委任契約を結ばれることになり、会社が複合機をリースしているときにはリース契約が結ばれています。
帰宅時間になり、Cさんは自宅マンションへと帰宅しました。マンションは、オーナーのEさんから借りている物件です。(賃貸借契約)
このように、私たちは様々なところ、数多くの契約をしています。
普段、この家は賃貸借契約を結んだうえで住んでいるのだ、この車は売買契約を結んだうえで乗っているのだなど、毎回考えたりしませんよね。ですが、私たちの生活はたくさんの契約の上に成り立っています。この記事を読んだことを機に、契約の大切さについて是非考えてみて下さい。
4.まとめ
今回は、「契約」とは何なのか、どのように「契約」が成立するのか、「契約書」の必要性、「契約」の種類などについてお話しました。
私たちの生活の中には契約が溢れていますので、簡単に契約を結び、契約書にもサインをしてしまいがちですが、契約を守らなければ法的な措置を取られることにもなりかねません。ですので、何か契約を結ぶ際には、契約内容についてよく考え、契約書を十分確認をして署名押印をしましょう。
【不動産】近隣トラブルについて
「近隣トラブル」というと、生活音や騒音、ペットの飼育マナー、ごみの出し方、駐車場のマナーなど多種多様なケースが想定されます。
今回は、分譲マンションにおけるトラブルについて見ていきましょう。
1 マンションの階上からの騒音被害
我慢のできる限度を超えた騒音で、私たちは食欲不振や不眠に悩まされるようになってしまいました。こういった場合、真上の部屋の入居者に対して、慰謝料や立ち退きの請求を行うことはできるのでしょうか。
マンション内の騒音に関する紛争は、子供が走り回る音の他に、楽器の音、深夜の大音量でのテレビの音等、様々な発生源が想定されますが、どのケースであっても、慰謝料等を請求するにあたっては、当該騒音が不法行為上違法と評価される必要があります。
そして、違法であるかを判断するに際しては、実際に発生している騒音が被害を受けている住民の受忍限度を超えるものであるのか、という点が重要となります。
分譲マンション内における階上の部屋の子供による飛び跳ねや走り回りによる騒音が階下の住民の受忍限度を超えており、不法行為を構成するとして、階下の居住者である原告2名それぞれからの、慰謝料及び騒音測定にかかった費用、治療費・薬代を含む全額の損害賠償請求を認めた。
上記裁判例では、まず、マンションの外壁や床の構造、防音緩衝材の遮音性、騒音が発生した時間帯、騒音レベル、音の種類等から、被告の子供が一定の時間帯及び頻度で室内において飛び跳ねるなどして騒音を発生させていた事実を認定しました。
そして、騒音が発生していた時間帯が、通常静粛が求められる時間帯(午後9時から翌日午前7時)、及び日中(午前7時から同日午後9時)の間でそれぞれ一般的に「うるさい」と感じる騒音レベルであったことを騒音測定結果から指摘し、このような騒音を階下の居室に到達させていたことは、原告らの受忍限度を超えるものとしました。
その上で、損害として、騒音により原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料、騒音が原因で体調を崩したことによる通院の治療費・薬代の他に、専門家による客観的な騒音の測定が本件について立証のために必要不可欠であることから、騒音の測定にかかった費用も損害に含めて認めています。
2 マンションの共用部分に私物が置かれている
こういった場合、持ち主に対してどのような請求ができるのでしょうか。
玄関先の通路部分に自転車等の障害物が置かれていると、避難経路としてのみならず、隣接していない他のマンションの居住者(特に高齢者など)のスムーズな通行を妨げ、危険であるために、撤去の必要性が認められると考えられます。
また、今回の事例では「共用部分」に自転車が停められていますが、共用部分はマンションの共有者がそれぞれ使用できるとしても、その通常の用法(今回であれば「通路」としての用法)に従う必要があり、それ以外の用途で使用することはできません(区分所有法13条)。よって、住人が自分の玄関近くの共用部分を自転車置き場として使用することは認められません。
一方で、仮に自転車が停められている部分が、玄関先のポーチ等といった専用使用権が認められる場所であった場合はどうなるのでしょうか。
この場合であっても、マンションの入居者の「共同の利益」に反する行為は禁じられています。そして、自転車のようにある程度の重量がある上に、倒れると危険であること等を考慮すると、勝手な駐輪については一般的には認められず、共同の利益違反であると考えられます。したがって、管理組合や管理会社に相談した上で撤去を依頼するのが良いでしょう。
3 隣室のペットの鳴き声や臭気に悩まされています
マンションでは、ペットの飼育が規約によって禁止されている場合とそうでない場合とが想定されます。
規約で禁止されているケースの裁判例では、規約の他に、そのマンションがそもそもペットの飼育を前提とした構造なのか(排気口などの設置等)等を考慮した上で飼育を認めない判断をしたものもあります。規約で特に禁じられていなかった場合であっても、管理組合などに相談し、改善するよう呼びかける等の手段をとることが考えられます。
4 まとめ
これまでに上げた通り、マンションのトラブルは多種多様なものがあります。軽微なものであれば住民同士の話し合いで解決することもあるかもしれません。しかしながら、双方の「居住している場所」で発生するトラブルである以上、その後の関係性が悪化してしまう可能性や、誤ったアプローチによりトラブルが拡大してしまう可能性も十分に孕んでいます。
もしも自分がトラブルに巻き込まれてしまったら、自分だけで解決しようとせず、管理会社や管理組合、弁護士に相談してより良い解決方法を探すことをお勧めします。
働き方改革について
最近よく耳にするようになった「働き方改革」という言葉ですが、これは一体どのような取り組みのことなのでしょうか?
また、働き方改革によって、これからの私たちの働き方はどのように変わっていくのでしょうか?
1. 働き方改革とは
現在の日本では、長時間労働による過労死や、少子化による労働力・生産性の低下などが社会問題になっています。
皆さんも、ニュースなどで過労による自殺事件が取り上げられているのをご覧になったことがあるのではないでしょうか?このような痛ましい事件が起きてしまうのは、古くから、“長く働くことが偉い”という風潮が根強く存在しているためと言われています。
この記事をご覧になっている方の中にも、有給休暇を取りたいけれど、上司や同僚の目を考えると言い出し辛いという方や、1人で沢山の業務を抱え込んでいて残業をせざるを得ないという方もいらっしゃるかもしれません。
これらの問題を解決するために、政府が推進している取り組みが「働き方改革」です。政府は、働き方改革によって、労働者それぞれの事情に応じた多様で柔軟な働き方を選択できる社会の実現を目指しています。
具体的には、労働基準法などの法律を改正することによって、長時間労働の是正や、非正規雇用の待遇差解消などを図っています。
2. 働き方改革により施行される制度
それでは、働き方改革により施行される制度を1つずつ見ていきたいと思います。
① 時間外労働の上限規制(大企業:2019年4月~/中小企業:2020年4月~)
これまで、時間外労働の限度については会社・労働者間の合意(36協定)に任せられていました。すなわち、36協定で定める時間外労働については、厚生労働大臣の告示によって、上限の基準が定められていました。
しかし、臨時的に限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情が予想される場合には、特別条項付きの36協定を締結すれば、 限度時間を超える時間まで時間外労働を行わせることが可能でした。つまり、実質的に無制限に残業が出来てしまっていたということです。
そこで、時間外労働について、以下のように改正がなされました。
・時間外労働は原則として1か月に45時間、1年に360時間までという上限が条文に明記される
・繁忙期などでどうしても時間外労働をする必要がある場合でも、年720時間以内、月100時間未満かつ複数月平均80時間(休日労働を含む)という上限が設けられる
・月45時間を超えて時間外労働をしていいのは年間6か月までと定められる
②年5日の有給休暇の取得義務化(2019年4月~)
日本は有給休暇の取得率が低いため、取得を促進することが課題とされています。皆さんの中にも、「有給休暇を取りたいと言いづらい…」と思われたことがある方がいらっしゃるのではないでしょうか?
このような現状を改善するため、使用者は、10日以上の有給休暇が付与される労働者に対して、「労働者自らの請求・取得」、「計画年休」及び2019年4月から新設される「使用者による時季指定」のいずれかの方法で労働者に年5日以上の年次有給休暇を取得させなければならないとされました。
③高度プロフェッショナル制度の創設(2019年4月~)
高度プロフェッショナル制度とは、年収1,075万円以上(施行時の水準)で、コンサルタント業務など高度な専門性を必要とする職種について、労働基準法に定められた労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定を適用しない制度のことです。
これだけ聞くと、「そんな制度を作って大丈夫なの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この制度は、あくまで本人の同意がある場合のみ適用されます。また、同制度の導入には、労使委員会で決議し、5分の4以上の賛成を得る必要があります。さらに、使用者は、労働者が事業内外で労働した時間の合計を把握し、健康診断の実施など健康確保措置を講ずる義務があります。
④フレックスタイムの清算期間の延長(2019年4月~)
フレックスタイムとは、一定の期間(当該期間のことを、清算期間といいます。)で週平均40時間以内となる労働時間を定め、その間で日々の始業・終業時間、労働時間を労働者自らが決められる制度です。この制度を導入することで、繁忙期に超過した労働時間を閑散期に精算することができます。
今回の法改正で、清算期間が1か月から最長3か月に変更されました。これまでは、1か月以内の清算期間における実労働時間が、あらかじめ定めた総労働時間を超過した場合には、超過した時間について割増賃金を支払う必要がありました。
一方で実労働時間が総労働時間に達しない場合には、①欠勤扱いとなり賃金が控除されるか、 ②仕事を早く終わらせることができる場合でも、欠勤扱いとならないようにするため総 労働時間に達するまでは労働しなければならない、といった状況にありました。
清算期間を延長することによって、2か月、3か月といった期間の総労働時間の範囲内で、労働者の都合に応じた労働時間の調整が可能となったのです。
⑤労働時間の状況の把握の義務化(2019年4月~)
長時間労働をなくすためには、使用者において、労働者の労働時間を適正に把握し、管理を行うことが重要になってきます。しかし、これまでは、管理監督者やみなし労働時間制の労働者は、使用者による労働時間管理の対象から外れていました。
そこで、今回の法改正によって、会社が全ての労働者について労働時間を把握することが義務化されました(ただし、高度プロフェッショナル制度の対象者は除かれます。)。この把握は、タイムカードやICカードなど客観的な記録によることが原則です。そして、一定の労働時間を超えた労働者については、医師による面接指導を実施しなければなりません。
⑥産業医・産業保健機能の強化(2019年4月~)
従業員50人以上の事業所では産業医、従業員1,000人以上の事業所では専業産業医の選任が必要です。
今回の改正で、選任された産業医は、会社に対し労働者の健康管理について必要な勧告が可能になりました。また、使用者は、労働時間その他の必要な情報を産業医に提供することが義務付けられました。
⑦勤務間インターバルの導入推進(2019年4月~)
勤務間インターバルとは、勤務終了後、一定時間以上の休息時間を設ける制度のことです。日本ではあまり普及していませんが、ドイツやフランスなどのEU主要国では広く浸透しています。
今回の改正で、勤務間インターバルを導入することが会社の努力義務として定められました。あくまで努力義務なので強制ではありませんが、導入によって過労死ラインを超える時間外労働の抑止が見込まれます。
⑧同一労働同一賃金(大企業:2020年4月~/中小企業:2021年4月~)
同一労働同一賃金とは、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差をなくすという考え方のことです。ニュースでもよく報じられていたので、聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか?
今回の改正で、同じ働き方であれば同じ待遇に(均等待遇)、働き方に違いがあればその違いを考慮してバランスを保った待遇(均衡待遇)にしなければならないことになります。また、労働者から「待遇について知りたい」と求められた場合、会社は待遇について説明する義務が生じます。
加えて、派遣労働者については、①派遣先の労働者との均等・均衡待遇又は②一定の要件を満たす労使協定による待遇のいずれかを確保することを義務化されます。
⑨月60時間超の時間外労働の割増賃金率50%以上(2023年4月~)
現在、大企業は、月60時間を超える時間外労働に対して、50%以上の割増賃金を支払わなければならないことになっています。しかし、中小企業については、この割増賃金率の適用が猶予されています。
今回の改正で、中小企業についての猶予措置が2023年4月になくなるため、2023年4月から、全ての会社が月60時間超えの時間外労働について50%以上の割増賃金を支払う必要があります。
3. まとめ
現在の日本企業には、決められた時間よりも長く働き続ける文化が根強く残っていますが、長時間労働は労働者の健康被害の原因になります。会社としても大事な従業員を失うわけにはいかないので、今回の働き方改革を機に、様々な会社が従来の働き方の見直し・改革に取り組んでいます。
しかし、それでも労働者に違法な労働を行わせようとする会社が存在しているのが現状です。「違法だから会社に抗議しよう!」とお考えになる方もいらっしゃるかもしれませんが、第三者を通さずに解決しようとすることはトラブルのもとです。会社に先手を打たれて泣き寝入りすることに……ということもあり得ます。
もし、この記事を読んでくださっている皆さんの中に、働いている会社から不当な労働を強いられていると感じている方がいらっしゃれば、すぐに専門家に相談されることをお勧めいたします。
収入印紙とは?
会社で何か高額な買い物をしたときなど、領収書に切手によく似た「収入印紙」というものが貼ってあるのを見たことがありませんか?
普段の生活では、この「収入印紙」を中々目にすることがないかもしれませんが、契約書に貼り付けることもありますので、この記事を読んで、いざという時に役立ててください。
1.収入印紙とは
そもそも、収入印紙とは何なのでしょうか?言葉だけなら聞いたことがある、初めて聞いた、使ったことがあるなど、人によって様々だと思います。
収入印紙とは、印紙税等の租税を収めるために使用される証票のことをいいます。国税のひとつに印紙税というものがありますが、課される金額は、取引の金額や、書類によって異なります。印紙税を収める流れとしては、郵便局や市役所、コンビニ、法務局などで収入印紙を購入し、それを書類に貼り付けて、消印をすることによって税金を納めたことになります。
では、収入印紙を貼らなければならない書類にはどのようなものがあるのでしょうか?
まず、代表的なものとして領収書があります。5万円以上の金額が記載されている場合には、その金額に応じた収入印紙を貼り付けなければなりません。なお、この5万円は本体価格を指します。
例えば、領収書に「5万1,840円」と記載があったとしても、本体価格4万8,000円、消費税3,140円の場合には課税対象ではないため、収入印紙は不要となります。ただし、この場合は領収金額のうち、いくらが本体価格なのか、いくらが消費税なのかを明記する必要があります。
2つ目は契約書です。請負、不動産、消費貸借、信託などに関する契約書は、契約書の種類ごとに、契約書に記載された金額に応じて支払うべき印紙税が異なってきます。ですので、収入印紙を貼付する場合には注意が必要です。
3つ目は、約束手形、為替手形です。これも、領収書や契約書と同じく、金額に応じて収入印紙を貼り付けて、印紙税を収めます。
2.英文の契約書だった場合はどうする?
最近では、海外の会社と契約を結んだり、海外に進出したりする会社も増えて来ましたよね。1.で、契約書にはその種類及び契約書記載の金額に応じて収入印紙を貼らなければならないとお話しましたが、日本と海外で結んだ英文の契約書の場合も、収入印紙は必要なのでしょうか?
これについては、「契約書が作成された場所によって変わってくる」が答えになります。日本の法律で、印紙税が適用されるのは日本国内のみと定められているため、仮に契約書が作成された場所が海外だとすると、収入印紙を貼る必要はないのです。
それでは、印紙税を貼るべき契約書(以下「課税文書」といいます)の成立時期はいつなのでしょうか?ここで、印紙税法の課税文書の作成とは、単なる課税文書の調製行為をいうのではなく、課税文書となるべき用紙等に課税事項を記載し、これをその文書の目的に従って行使することをいいます。
そのため、課税文書の成立時期としては、相手方に交付する目的で作成する課税文書(例えば、株券、手形、受取書など)は、その交付の時になりますし、契約書のように当事者の意思の合致を証明する目的で作成する課税文書は、その意思の合致を証明する時になります。
例えば、日本のA社、カナダのB社が契約を結ぼうとしているとします。まず、A社が日本で契約書を2通作成、署名押印し、それをカナダのB社に送りました。カナダのB社は、日本のA社から送られてきた契約書に署名押印し、1通を日本のA社に返送しました。こうして契約書が作成された場合、返送されてきた契約書、つまりA社が日本で保管しておかなければならない契約書に収入印紙の貼り付けは必要なのでしょうか?
この場合、A社が署名押印した段階では、契約当事者の意思の合致を証明することにはなりません。契約当事者の残りのB社が署名等するときに課税文書が作成されたことになり、その作成場所は日本国外ですから、結局、この契約書には印紙税法の適用はないことになります。したがって、収入印紙を貼る必要はありません。
逆に、カナダのB社が契約書を2通作成、署名押印し、それを日本のA社に送ります。日本のA社はB社から送られて来た契約書2通に署名押印し、1通をカナダのB社に返送し、B社はその1通を自社で保管します。
この場合、契約当事者の意思の合致を証明する時は、A社が契約書に署名等したときであり、この時に課税文書が作成されたことになるため、収入印紙の貼り付けが必要となるのです。また、収入印紙の貼り付けは、日本のA社で保管する1通だけでなく、カナダのB社で保管する契約書分についても必要となります。
3.収入印紙を貼り忘れてしまったとき
例えば、領収書に本体価格5万円以上の金額が記載されているときには、収入印紙を貼り付けることが必要だとお話しましたが、もしこの収入印紙の貼り付けを忘れていた場合、どうなってしまうのでしょうか?
仮に、収入印紙の貼り付けが必要な領収書や契約書に、印紙を貼り付けることを忘れてしまったとしても、領収書や契約書そのものが無効になることはありません。例えば、契約書の場合ですと、契約は双方の合意があれば有効なものとなり、契約書はその合意を形に残したものにすぎません。ですので、「収入印紙を貼り忘れたから契約が無効になるのではないか」、という心配をする必要はないのです。
しかし、契約書の効力に問題がないからと言って、貼り忘れた印紙税を収めなくて良いという訳ではありません。収入印紙を貼り忘れていた、貼らなければならないことを知らなかったなどの場合でも、過怠税という税金が課されることになります。過怠税とは、印紙税法第20条に基づき、印紙税を納付しなかった場合に課されるもののことです。
過怠税として納めなければならない金額は、本来納付すべき金額の3倍となります。ただし、文書の作成者が管轄の税務署長に対し、収入印紙を貼り忘れていた旨の申し出を自主的に行った場合には納付する金額は本来の金額の3倍ではなく、1.1倍で済む場合があります。
さらに、収入印紙を貼り付け忘れた場合だけでなく、消印をしていなかった場合にも過怠税がかかってきます。金額は、消印をしていなかった収入印紙の金額と同額のものとなりますので、消印の押し忘れにも気を付けてください。
4.まとめ
今回は、収入印紙の基本についてお話しました。
普段の生活の中で、収入印紙を使う機会は中々ないかもしれませんが、いざ使う機会が訪れたとき、貼り忘れてしまった、貼ったのに消印をわすれてしまったなど、本来収めるべき金額以上の金額を収めなくて良いように、この記事を読んで、いつか訪れるかもしれない、収入印紙を使う機会に役立ててください。
起業する前に知っておくべきこと3~法人成りのメリット・デメリット~
前回の記事では、個人事業主が法人成りする「給与にかかる税金」、「給与以外にかかる税金」に関するメリットをお話しました。今回は、その続きとして、「税金以外のこと」に関するメリットについてお話します。また、メリットばかりでなく、皆さんが一番気になるであろうデメリットについても詳しくご説明します。
前回の記事はこちらから→「起業する前に知っておくべきこと2~法人成り~」
1. 個人事業主が法人成りするメリット
<税金以外のこと>
(1)借入れ
銀行などの金融機関で借入れを行うとき、個人事業主の場合は自分自身が契約者となり、保証人を求められた場合は、保証人になってくれる人を探す必要があります。
これに対して、法人の場合は、契約者を法人にして、その保証人を自分自身にするということができます。
大多数の人は「借入れをしたいから保証人になってほしい」と言われると身構えてしまいますから、保証人になってくれる人を探すのには相当の時間がかかると思われます。そのような手間が省けることを考えると、個人事業主よりも法人である方が有利に働くでしょう。
(2)助成金
助成金とは、借入れとは異なり、返済をする必要がない国から支給されるお金のことです。受給が認められるためには、各助成金について定められた要件を満たす必要があります。しかし、返済しなくてよいということは事業主にとって大きいので、要件を満たす助成金があれば申請したいですよね。
個人事業主でも申請できるものはありますが、法人でなければ受けられない助成金もあります。これらを踏まえると、法人のほうが、申請できる可能性のある助成金が多くなります。
(3)新規取引や許認可事業
新規取引や許認可事業を始めるとき、個人事業主では難しいことがあり、「法人」であることが前提となっている場合もあります。
(4)採用活動
個人事業主と法人で比べると、やはりどうしても法人の方が信用度が高いので、新たに従業員を採用する必要があるとき、法人である方が求人に対する反応が多い可能性が高いです。
2. 個人事業主が法人成りするデメリット
これまで、法人成りするメリットについてお話してきましたが、もちろんデメリットもあります。具体的には以下のとおりです。
(1)社会保険の加入義務
個人事業主の場合、5人以上従業員を雇用したら社会保険に加入しなければなりません。従業員が4人以下であれば、任意加入となります。
これに対し、法人の場合は、従業員数に関わらず社会保険に加入する義務があります。たとえ従業員を雇用しておらず、社長1人しかいない会社であったとしても、必ず加入しなければなりません。
社会保険料は、事業主(会社)と被保険者(従業員)で折半する決まりなので、今までに社会保険に加入する必要がなかった方にとっては、負担に感じてしまうかもしれません。
(2)法人登記費用
個人事業を始めたい場合は、税務署に開業届を提出するだけで手続きが完了します。
しかし、法人を設立しようとすると、定款の作成、登記申請など個人事業主に比べて様々な手続きを踏まなければなりません。また、設立時だけでなく、設立後も、本店の移転や代表者の引っ越し、役員の更新など登記をしなければならないタイミングが発生します。その際、登録免許税や、登記を司法書士に依頼する場合はその報酬を支払う必要があります。
(3)法人住民税
住民税には、「均等割(広く均等に負担する)」と「所得割(所得に応じて負担する)」があります。この均等割額は、地域によって差があります。
個人事業主の場合、住民税の均等割額は5,000円程度です。
しかし、法人の場合、法人住民税の均等割額は、最低でも7万円程度です。
したがって、個人事業主よりも法人の場合のほうが住民税を多く納税しなければなりません。
(4)事務負担
個人事業主の場合、必要な手続きを自分で行うことは難しくありません。
しかし、法人の場合、(2)で述べたように個人事業主よりも多くの手続きが発生しますし、作成しなければならない書類も増えます。煩雑であったり、専門的な知識が必要だったりする作業も多いので、慣れていない場合は負担に感じてしまうかもしれません。全てを自分で処理するのが難しければ、税に関しては税理士などの専門家に依頼する必要があるので、その分費用がかかってしまいます。
(5)税務調査
税務調査とは、会社が申告・納税を正しく行っているかどうかを税務署や国税局の職員が調べるものです。
一般的に、税務調査が入る確率は、個人事業主と比べて法人の方が高いです。
(6)様々な契約の価格
何かのサービスを利用するとき、個人事業主であれば個人として無料で利用できるものでも、法人だと法人契約に該当して手数料を取られることがあります。また、個人と法人では価格が異なるサービスもあります。様々なサービスを契約している場合、今よりも出費が増えてしまうかもしれません。
3. まとめ
今回の記事では、前回の記事の続きとして、法人成りの税金以外に関するメリットと、法人成りするデメリットについてお話しました。
デメリットを考えると、法人成りを躊躇われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、それ以上にメリットがあるので、最初は個人事業として始めた場合でも、ある程度利益が増えてきたら法人成りすることを検討してみましょう。