従業員の採用に伴い必要な手続きと注意すべきこと
従業員を採用するときには、従業員に対する手続き、年金事務所への手続き、ハローワークへの手続きなど様々な手続きを行う必要があります。そして、従業員の人数が増えてきたら、労働基準法に基づき発生する義務についても気を付けなければいけません。
いずれも忘れてしまうと後々トラブルになる可能性がある重要なことですので、詳しく説明していきたいと思います。
また、採用後のことだけでなく、従業員を雇おうとする前に確認していただきたい事項についてもご説明します。
1.採用する前に確認したいこと
まずは、これから従業員を採用しようと検討されている方に知っておいていただきたい2つのことを説明します。
1つ目は、労働保険の加入義務です。農林水産の一部の事業を除き、1人でも従業員を雇用する場合には、労働保険(雇用保険・労災保険)に加入する必要があります。これらの保険に加入していないと、ペナルティが課されたり、助成金が受けられなかったりする場合があります。
加入手続きとしては、雇用保険は「雇用保険 適用事業所設置届」を所轄のハローワークに、労災保険は「労働保険 保険関係成立届」と「労働保険概算保険料申告書」を所轄の労働基準監督署に提出します。
2つ目は、ハローワークへの求人申込みです。
採用活動をするにあたり、求人サイトや自社のホームページに求人情報を掲載するなどの方法がありますが、採用が成功するのか分からないのに掲載料を支払うことを不安に感じたり、自社のホームページを作成していなかったりする方もいらっしゃると思います。
そこでご紹介したいのが、無料のハローワークの求人を利用することです。初めて求人を出す場合には事業所登録が必要なので、まずは「事業所登録シート」を記入します。そして、求人の条件等を「求人申込書」に記入し、これらの書類を窓口で提出しましょう。
受理された後、求人票が公開されます。中高年者や障がい者などの就職困難者を雇い入れると、助成金がもらえることがありますので、申込みをする前に窓口で相談してみることをおすすめします。
2.採用決定後必要な手続き
次に、実際に従業員の採用が決定した後に必要な手続きについて説明します。
従業員を採用するときは、従業員に、①労働契約の期間に関する事項、②就業の場所、従事する業務の内容、③始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交替制勤務をさせる場合は就業時転換に関する事項、④賃金の決定・計算・支払いの方法、賃金の締め切り・支払いの時期・昇給に関する事項、⑤退職に関する事項を明示しなければなりません。
この5つを絶対的明示事項といい、昇給に関する事項を除いて、書面の交付により明示する必要があります。明示は、会社から「労働条件通知書」を渡すことで足りるとされていますが、これは、絶対的明示事項が十分に記載された「雇用契約書」でも代えることができます。
会社・従業員の双方が労働条件に合意したことを残してトラブルを防ぐために、一方的に交付する労働条件通知書ではなく、雇用契約書を作成し、署名・捺印した上で、双方で保管することをおすすめします。また、労働者名簿を作成する義務があるので、入社が決定した時点で作成しましょう。
そして、各種手続きを行うために必要な書類として、採用者には、履歴書、マイナンバーカード等本人及び被扶養者のマイナンバーが分かる書類、本人及び被扶養配偶者の年金手帳、中途採用の場合は源泉徴収票と雇用保険被保険者証を提出してもらいます。そのほかにも、万が一、会社に損害を与えた際に、本人以外にも請求することができる身元保証書についても取得しておきましょう。
雇用保険や社会保険の適用対象者を採用した場合は、各保険の加入手続きをする必要があります。雇用保険の被保険者となるのは、週所定労働時間が20時間以上であり、31日以上の雇用見込みがある場合です。
手続きとしては、入社日の属する月の翌月10日までに、「雇用保険 被保険者資格取得届」を所轄のハローワークに提出します。社会保険の被保険者となるのは、法人事業所または常時従業員が5人以上の個人事業所で、常時使用される場合です。
70歳以上であれば、原則として、健康保険のみの加入となります。手続きとしては、入社日から5日以内に「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届」を所轄の年金事務所に提出します。また、配偶者や子供を被扶養者とする場合には「健康保険被扶養者届」、配偶者を第3号被保険者とする場合には「国民年金第3号被保険者関係届」も一緒に提出します。
雇用保険・社会保険の手続きが完了したら、会社に交付される雇用保険被保険者証、雇用保険被保険者資格取得等確認通知書(被保険者通知用)、健康保険被保険者証を従業員に渡しましょう。
3.従業員が増えてきたら気を付けること
従業員の人数が増えてきたら気を付けなければならないことがあります。それは、就業規則の作成・届出義務です。この義務があるのは、常時10人以上の従業員がいる事業所です。従業員には、パートタイマーやアルバイトも含みます。10人未満の事業所であったとしても、作成することは自由です。
就業規則には、必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」、該当する場合に記載しなければならない「相対的必要記載事項」、記載してもしなくてもよい「任意的記載事項」があります。
例えば、退職金制度に関して規定したい場合は、相対的必要記載事項として記載します。就業規則は各会社のルールですので、会社の実態に合った内容のものを作成しないと、後々トラブルになります。
自分で作成するのは難しそうだと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そのような場合でも、インターネットにあるテンプレートを使うのではなく、必ず社会保険労務士などの専門家に依頼しましょう。
作成したら、従業員の過半数が代表と認めた者の意見を聴く必要があります。同意してもらう必要はありませんが、意見を聴き、意見書を作成・自署してもらわなければなりません。そして、就業規則に意見書と就業規則届を添付して、所轄の労働基準監督署に届け出ます。
この際、これらの書類は2部ずつ作成し、1部は提出、1部は会社の控えとして受付印をもらいます。届け出た就業規則については、配布・掲示などによって周知する義務があります。
4.まとめ
これまでに述べた通り、従業員を採用すると、多くの手続きを行う必要があるほか、義務が発生する場合があります。
忘れてしまうと労使トラブルに発展する可能性があるので、もれなく慎重に進めていきましょう。
事業者のマイナンバーの取得手続きの実務
平成27年10月からマイナンバー制度がスタートし、平成28年1月からは、社会保障、税、災害対策の行政手続きでマイナンバーが必要となりました。
そんな中、事業者は、マイナンバー法で定められた事務等のうち、税と社会保険の手続きでマイナンバーを利用することになります。
では、事業者が従業員のマイナンバーを利用する際に、総務、人事、経理など事業者の実務担当者が注意すべき点は何でしょうか?
1.事業者のマイナンバーの取得・利用・提供
マイナンバー制度の導入によって、具体的には事業者が税務署や市区町村に提出する源泉徴収票や給与支払報告書、年金事務所、ハローワークなどへの社会保険関係の手続き書類に従業員のマイナンバーの記載が必要になりました。
そのため、従業員やその扶養家族からマイナンバーを取得し、源泉徴収票や社会保険被保険者取得届などの書類にマイナンバーを記載し、各行政機関へ提出するというのが、事業者の行うマイナンバー制度実務の基本的な流れです。ちなみに、マイナンバーを記載した書類が最終的に提出される先は必ず行政機関です。それ以外の場合にマイナンバーを利用・提供することはできません。
事業者は税や社会保険の手続きに使用する場合のみマイナンバーの取得が可能となり、マイナンバーの取得手続きには、利用目的の明示と厳格な本人確認が必要とされています。
では具体的には事業者の実務担当者のマイナンバー取得手続きはどう行えばよいのでしょうか?
2.マイナンバーの取得手続き~利用目的の明示
マイナンバーを従業員から取得する際は、「源泉徴収票・給与支払報告書にマイナンバーを記載して提出します」など、個人情報保護法第18条に基づき、利用目的を特定し、本人に通知または公表する必要があります。法律で限定的に明記された場合以外で、提供を求めたり、利用したりすることはできません。そのため、仮に本人の同意があったとしても、法律で認められる場合以外でマイナンバーの提供や利用はできないことになっています。
実務においては、源泉徴収や社会保険、雇用保険など複数の目的で利用する場面がありますが、マイナンバーの利用目的の明示については、複数の利用目的を包括的に明示することも可能です。
ちなみに、利用目的を後から追加するのであれば、改めて従業員の同意を得る必要があるため、発生が予想される事務であればあらかじめ利用目的に加えておくべきでしょう。
なお、従業員へ利用目的を通知する方法としては、社内LANや就業規則による特定・通知、利用目的通知書の配布、社内掲示板への掲示などの方法があります。あくまで通知すればよいため、利用目的について従業員の同意を得る必要はありません。
現実的には、利用目的に同意が得られないのに、マイナンバーの提供をしてくれる人はいないでしょうが。。。
3.マイナンバーの取得手続き~本人確認
事業者がマイナンバーを取得する際は、厳格な本人確認を行うこととされています。
事業者の実務担当者はマイナンバーの本人確認において、「正しい番号であることの確認(番号確認)」と合わせて、「手続きを行っている者が番号の正しい持ち主であることの確認(身元確認)」を行うことになります。番号のみでの本人確認では他人のなりすましのおそれもあることから認められていません。他人のなりすまし防止のため必ず番号確認と身元確認が必要で、2つを合わせたものが本人確認です。
さて、本人確認は従業員などから確認に必要な書類を提示してもらい行うことになります。
必要書類として、個人番号カードや通知カードなどの番号確認のためにマイナンバーが記載されている書類と、個人番号カードや免許証等の写真付きの証明書など、身元確認のために本人実存を確認する書類があります。
扶養控除等申告書、個人番号報告書などのマイナンバー提出書類と、上記の番号確認のための書類と、身元確認のための書類を確認することで、本人確認がなされたことになります。個人番号カードは唯一1枚で本人確認が行える書類といえます。
尚、従業員の扶養家族のマイナンバー取得の場合はどうすればよいかというと、法律上基本的に従業員が扶養家族の本人確認を行う義務を負っています。つまり事業者の実務担当者は、扶養家族分のマイナンバーを従業員から取得するだけでよいということになります。
4.まとめ
これまで述べてきたように、事業者の実務担当者は、社会保険や税の書類作成のために、従業員などからマイナンバーを取得する必要があります。
マイナンバー取得時には、従業員に対して、「社会保険や税に関する書類作成のためにマイナンバーを記載することは義務である」ことを周知します。しかし、マイナンバー制度への理解度が低い導入当初は、マイナンバーへの提供を求めても拒まれるようなケースもあります。
従業員がマイナンバーを提供しなかったとしても、従業員などに対する罰則はありません。また、事業者がマイナンバーの提供を受けられなかったとしても、事業者に対する罰則もありません。
そのため、マイナンバーの記載がなくとも行政機関が書類を受理しないということはありません。
マイナンバーの提供を拒まれた場合は、書類提出先の行政機関の指示に従うことになりますので、事業者の実務担当者のみなさんは、提供を求めた経過や、提供を拒まれた理由等を記録・保存し、単なる義務違反ではないことを明らかにしておかれることをお勧めします。
気をつけたい企業におけるSNSトラブル
近年、インターネットの普及に伴って急速に盛り上がりを見せているSNSですが、投稿した記事や意見がいわゆる「炎上」を起こし社会的な問題になり、誤った情報などが拡散されるなど、トラブルも多く見受けられます。
コミュニケーションツールとして、また企業PRにも使用されるなど便利な一方、さまざまな危険性やリスクも存在します。今回は現状と労務側から見たリスクについて考えてみましょう。
1.SNSの概要と共通する問題点
SNSとは、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(Social Networking Service)の頭文字をとったもので、匿名もしくは実名で登録された利用者同士で、専用のWEBサイトやスマートフォンアプリを通じ、記事の投稿やメッセージのやり取りを行うサービスのことを言います。
Twitter(ツイッター)やFacebook(フェイスブック)、Instagram(インスタグラム)などが有名なSNSですが、どれも同じということはなく、ツイッターは匿名制で投稿する字数が限られていること、フェイスブックは実名登録制で学歴や職業まで記載するよう推奨していることなど、各SNSで特徴が異なります。
しかしながら、個人情報、機密情報の漏えいや執拗な友人申請、「いいね」を強要するなどのハラスメントは各SNSに共通した問題となっており、個人・企業関わらず慎重に運営していかなければなりません。
SNSでは、ブログなど他ネットサービスと同様、投稿した記事が世界中に一斉に広まるため、完全な削除が困難であることや、匿名で投稿したとしても、あらゆる情報を駆使し個人を特定されてしまうおそれもあるため、注意が必要です。
2.SNSで問題となりやすいケース
憲法にある表現の自由(第21条1項)に基づき、SNSへ自由に投稿する権利は誰にもあるとされていますが、投稿の内容については十分気をつけなければなりません。
(1)個人アカウントからの情報漏えい、業務中の不適切な行為
カメラ付き携帯電話やスマートフォンの普及によって、多くの人がいつどこでも高画質で写真撮影ができるようになり、撮影したその場ですぐにSNSへ投稿できることは気軽で便利ともいえます。
しかし、その公開されたSNSの写真中に、個人の連絡先や勤務先で開発中の新商品が写ってしまっていたらどうなるでしょうか。
個人情報が拡散され悪用されてしまったり、漏えいした新商品より先に競合他社が同様の商品を販売開始してしまい、利益が得られなくなることもあり得ます。
匿名で行われるSNSの場合、勤務先や個人情報の表記は必須ではありませんが、多くのSNSでは他SNSやブログと連携しており、連携先で記載していた情報や写真、投稿文から氏名、勤務先や学校名といった個人情報が判明することがあるのです。
また、業務中にアルバイト従業員が勤務先の食器洗浄機内や冷凍食品販売ケース内に入り、写真を撮影しSNSに投稿したところ、たちまち拡散され、飲食店やコンビニには「不衛生だ」とか「従業員の教育はどうなっているのか」など苦情が相次ぐ事態となり、大問題になったことは記憶に新しいところです。
問題を起こした各店舗の多くは、売ることができなくなった冷凍食品の廃棄や庫内の清掃、食器洗浄機の消毒もしくは機器を新品のものに入れ替えるなどの対応をせざるを得なくなり、また、小規模店舗などでは運営が困難になったとして、閉店、破産に追い込まれたケースもあるなど、損害は大変大きいものとなります。
(2)企業公式アカウントの炎上トラブル
企業が広報の一環としてSNS上に公式アカウントを得て、自社商品やサービスのPR、客とのやり取りを行うことも最近では珍しいことではありません。
人気のある企業アカウントでは、こまめに客への返信を行い、新商品の紹介をユニークな動画で紹介するなどした結果、業績が向上したケースもある中、SNS運用が適切でないケースでは、スピードを重視するあまり、充分な内容の確認をしないまま担当者のみの判断で投稿されることもあるようです。
担当者の主観的な意見がその企業全体の意見として捉えられることもあり、世論と真逆の意見を述べたり、倫理的に問題があった場合に批判や非難が殺到、いわゆる「炎上」を起こし収拾がつかなくなる事態にもなりかねません。
(3) その他のSNS上でのトラブル
上記のトラブルの他にも、
・SNSアカウントが乗っ取られ、友人登録されている取引先のアカウントへ勝手に詐欺メッセージが送られてしまう
・勤務先、同僚への誹謗中傷を実名でSNSに書き込んだところ拡散されてしまい、名誉毀損、業務妨害で訴えられる
・本来自由になされるべき行為である、従業員に対する自社アカウント投稿記事への「いいね」を強要(行き過ぎた業務命令)
・好意を寄せている同僚へSNSの友人申請を執拗に行い、拒否されたのにも関わらず申請を続けている
などの問題が日々起こっており、これまでにない新しいケースとして、労務管理側は対応に時間がかかり苦慮することもあります。
3.トラブルを防ぐための規定作り
個人アカウント、企業アカウントに関わらずSNSを適切に利用するためには、就業規則や社内規則に利用上の禁止事項を規定して従業員に徹底させ、重大な違反があった場合は規則に則って措置を行う体制を構築しておくのが望ましいとされます。
なお、就業規則を変更するためには、従業員代表者の意見を聞き、変更後の内容については労働基準監督署に届出をする必要がある等、手間がかかるのはもとより、目まぐるしく様態が変化するSNSに沿った内容に逐一変更していく、というのは現実的ではありません。
そのため、就業規則についてはSNS以外でも適応できる一般的な表記にし、SNSに対しては別にガイドラインを設け、具体的な注意点等を記載していくことが、トラブルを未然に防ぐ対策として有効となります。
ガイドラインの詳しい作成方法は後述しますが、SNSの種類、使われ方や運用方法などの把握をした上で、アルバイトやパートを含む全従業員が内容を理解できるような簡潔な文書を作成し、適宜変更や項目の追加をしながら運用していくことが重要です。
商標権とグローバル化
グローバル社会である昨今、私たちの生活は「海外」のものに囲まれています。
海外進出をしたい、もっと自社製品を有名にしたい、という思いから海外で商標権を獲得する企業もますます増えています。
そこで今回は、日本で取得した商標権は海外で通用するのか、そして最後に海外の商標制度は日本とどのように異なっているのか、ということについてお話していきたいと思います。
1.国外への商標登録
商標権というのは、日本だけでなく他の国々にも存在しています。
今の商標法の前進となる商標条例が1884年に日本で制定されました。それは、欧米先進国の影響を受けたからです。
1883年に工業所有権(現在は産業財産権と呼ばれる)の保護に関するパリ条約が締結されました。その1年後に日本でも徐々に商標制度が確立し、現在に至ったのです。
このように商標権の歴史は100年以上にもわたりますが、商標権というのは世界共通で有効なのでしょうか?
まず、結論からいうと、
日本で取得した商標権はそのままでは海外で通用しません。あくまで日本国内でのみ有効です。商標権を外国でも保護したい、というのであれば別途外国向けに登録出願が必要です。方法としては主に
①各国へ直接出願
②国際登録出願(マドリッドプロトコル)
③欧州連合商標(EUTM)
の3つがあります。それぞれについてメリット、デメリットとともに見ていきましょう。
①各国へ直接出願
各国への直接出願は、各国内の代理人を通して出願するやり方のことです。
【メリット】
・出願する国が少ない場合コストが最低限で済む。
・現地の特許庁に直接出願するので、国内出願と同じように扱われる
・パリ条約加盟国であれば優先権主張が可能なので、第三者に特許を取られない。(日本で出願したものと同じ商標で出願をする場合、日本での出願日が適用される。)
【デメリット】
・出願先がパリ条約加盟国でない場合、優先権が主張できず第三者に同一内容で特許を取られてしまう場合がある。
・複数国に出願する場合、それぞれの国の言語様式で出願する必要がある。
②国際登録出願(マドリッドプロトコル)
日本が2001年にマドリッド協定議定書に加盟したことで、国際事務局を通じて加盟各国への出願が可能になりました。
【メリット】
・日本語での出願が可能。
・複数国へ出願するときのコストが安い。(一度に複数国へ出願可能)
・国際事務局で一括管理されているため更新管理負担が軽減される。
【デメリット】
・本国登録に基づくので、商標は日本で登録したものと同じ表記でなければならない。
・指定役務、サービスの基準が日本と異なるので、同一性が認められない場合がある。
③欧州連合商標(EUTM)
欧州連合知的財産庁に出願し、登録された商標はEU加盟国すべてで有効となります。
【メリット】
・一度の出願でEU全加盟国に出願可能なのでコストが安い。
・EU加盟国の中の1か国で商標を使用していれば、商標を使用していないという理由で商標登録が取り消されることはない。
【デメリット】
・EU加盟国の中の一部の国を除いての出願は不可能なため、1か国に拒絶理由があれば登録不可。また、1か国から無効を求められたらEU全体で商標は無効となる。
以上の3つが主な外国への商標登録出願方法です。自分がどこの国や地域で商標権を持ちたいのか、どの方法が合っているのかを考えて選ぶのが良いでしょう。
2.海外の商標制度
海外に商標登録をするにはどのような方法があるのかが分かったところで、次は日本の商標制度と海外の商標制度の違いを見ていきたいと思います。
今回はアメリカを例に見ていきましょう。
①登録主義と使用主義、先願主義と先使用主義
日本では、一度商標登録出願を行い登録が完了すれば、その商標は10年間守られます。これは日本の登録主義に基づく考え方です。そして、登録されている商標は例え使われていなくても、他社が利用することは認められません。
一方、アメリカでは使用主義という考え方を採用しています。
商標を使用していれば、登録をしていなくても商標権の効力が発生します。
だったら商標登録の制度はアメリカでは必要ないのでは?と思うかもしれませんが、登録をしているほうが後で商標権の侵害などトラブルが起きた際に法的な手続きが取りやすいので、登録はしておいた方がよいのです。
また、いつから使っているのかを後に証明するのは非常に手間がかかります。
実際に使用主義という考え方は登録手続きの時にも反映されています。
アメリカでは出願の際に、商標が実際に使用されていること、もしくは今後使用する意思があることを示さなければならないのです。登録や更新の際に商標の使用宣誓書を提出しなければなりません。
日本の場合はとにかく早い「登録」が重要(先願主義)ですが、アメリカでは「使用」の意思が大事なのです。
アメリカでは同時に出願があった際は、先に使用していた方が登録に有利で、先使用主義と言われています。
②審査主義と無審査主義
日本では出願後、登録査定が出るまでの間に商標に識別性があるか、また他の商標と類似していないかなどに審査が行われます。これを審査主義といいます。
こちらに関しては、アメリカも同様に審査主義を取り入れています。
一方、無審査主義の代表国はフランスやイタリアなどが挙げられます。無審査主義の国では、出願の際の形式等に誤りがなければ実体審査を行わずそのまま商標登録されます。実質的な要件はその後異議申立てなどによって決定されます。そのため、審査終了までに期間が短いというメリットがありますが、実体審査が行われていないため、実際の商標の利用に慎重にならないといけません。
このように、国ごとでも商標制度は違うため、登録出願を検討する際はよく確認する必要があります。
3.まとめ
昨今のグローバル化にともない、様々な国の商品やサービスが日本に進出していて、日本からもたくさんの企業が海外へと事業を拡大しています。
せっかく日本で育て上げたブランドイメージも、海外では無効となってしまっては勿体ないことです。
海外での商標権取得を考える際は、商標権を持ちたい国や、その国の商標制度について認識をし、どの出願方法が適切なのかを検討しなければなりません。
日本国内での商標登録よりは少々手間やコストはかかりますが、世界で商標を守っていくことでビジネスの幅も世界へと広げることができるでしょう。
やはり、そのビジネスの将来性を考えながら、どこの国や地域で商標権を取得しておくことが重要か綿密な検討が必要ですね。
労働者としての性質~請負契約の人に労働基準法が適用される?~
昨今、働き方の多様化や人件費の抑制を理由に、請負契約や業務委託、派遣社員等の雇用ではない社員(以下、「請負・業務委託社員」といいます。)の活用が多くなってきました。
このような働き方をしている社員は、通常自社が直接雇用している労働者ではないのですが、業務の実態によって、「労働者」であるとの主張がなされ、未払い残業代や解雇の無効性を争って紛争に発展する会社が増えてきています。
では、契約上は従業員ではないのに、どういった点で雇用されている従業員だと判断されてしまうのでしょうか?
1.過去の裁判例の分析
過去、さまざまな裁判が行われてきましたが、以下の判例をもとに分析していきたいと思います。
〈内容〉
原告は被告会社と「運送請負契約」を結び配達員として稼働し、かつ被告会社の営業所で所長職に従事していた。(所長職とは、複数名の配達員の中から事業所ごとに1名選出される、被告会社と配達員らの間の窓口となる役職であった。)
原告としては、自身は被告会社の「労働者」であり、所長職の解任や配達員としての稼働停止処分は不当であるとし、解雇無効及び所長解任による賃金減額分の未払い請求を求めた。
〈判決〉
原告と被告会社の間には、配達員としての運送請負契約、所長職に任命する契約関係がそれぞれあったことを認定したうえ、配達員に関する契約は請負契約であるとして稼働停止処分は認められたものの、所長職については、被告会社と指揮命令関係があったとして「労働者」と判断し、賃金減額分の支払を命じた。
≪参考判例 東京地判平成22・4・28労判1010・25≫
今回なぜこのような判決となったかについてですが、いくつか理由が挙げられています。
契約関係においては、配達員としての請負契約は締結していたのですが、所長職に対しての契約は特に結ばれていませんでした。
また、業務の実態においては、①所長職に対する拒否権はなかったこと、②会議等がありそこで原告に対して指示命令がなされていたこと、③営業所内で伝票整理や事務的作業を行うなど場所的拘束があったこと、④所長職を誰かに代理でしてもらうことができる状態でなかったこと等が挙げられました。
そして、過去、所長職手当から源泉徴収がなされたことがあるなど、賃金としての性質を持つ手当の振込みがあったこともあり、以上をもって裁判所としては原告が被告会社の労働者であったと判断し、賃金減額分の支払を命じたのです。
2.判断ポイント
過去、この労働者性というものに関する裁判が多々行われてきており、近年の裁判では、以下の要素をもとに「労働者」か否かの判断が下されています。
(1)仕事の依頼や業務指示に対して拒否する自由があったかどうか
(2)業務における指揮監督関係があったかどうか
(3)時間や場所的自由があったかどうか
(4)職務代行が可能かどうか
(5)報酬が労働の対価となっているのかどうか
(1)仕事の依頼や業務指示に対して拒否する自由があったかどうか
会社と雇用関係にある「労働者」であれば、使用者である会社からの依頼や業務指示に拒否する自由はありません。
しかしながら、請負や業務委託等の契約であれば、その仕事を引き受けるかどうかはその人次第であり、決定権は自身にありますので、指示に対する拒否の自由が判断基準の一つとされています。
ただ、その会社専属の下請業をされている場合は、事実上拒否することは出来ませんので、これだけをもって「労働者」かどうかの判断をされることはありません。
(2)業務における指揮監督関係があったかどうか
指揮監督関係があれば、業務の進め方などで具体的な指示が及ぶことになりますので、そうなると「労働者」と判断されるおそれがあります。
そのため、請負や業務委託等の方への指示は、仕事を依頼している注文者としての立場にとどめ、実際の業務遂行に関しては、本人の裁量に任せるのが望ましいです。
なお、契約した業務内容以外の業務をさせてしまうと、使用者からの指示を受けていると判断される可能性がありますので注意してください。
(3)時間や場所的自由があったかどうか
請負・業務委託社員であれば、仕事をいつ・どこでするのかは個人の裁量に委ねられます。そのため、「労働者」と同じように勤務時間や勤務場所を明確に定めてしまうと、使用者である会社の監督下であると判断される材料となります。
また、会社の全従業員が参加する朝礼等への出席義務も指揮命令関係があると思われてしまいますので、出欠については本人に任せるのが良いでしょう。
(4)職務代行が可能かどうか
請負・業務委託社員は、すべて自身の裁量で決められる個人事業主です。
「労働者」であれば、使用者と指揮監督関係にあり雇用契約となるため、本人に代わって労務の提供をすることは出来ません。
そのため、自身の判断で自身の代わりに業務を提供する人を用意する、つまり労務の代替性が認められているかも判断のポイントとなってきます。
(5)報酬が労働の対価となっているのかどうか
本人へ支払う報酬が労務を提供している時間に応じて金額が決められているのであれば、「労働者」と判断される恐れがあります。
請負や業務委託は、仕事の完成や仕事の処理を目的としているため、一定時間働いたからといって報酬が支払われる訳ではありません。注文を受けた仕事が完成した、契約をたくさんとったなど、成果に対しての報酬となりますので、労働時間とリンクはしません。
そのため、支払われた報酬が時間給で計算されていたり、休んだ分の控除がなされていたりすると、「労働者」と同じく労働時間の提供への対価とみなされる可能性があります。
請負・業務委託社員へは成果に対する報酬、「労働者」へは労働時間に対する報酬ということをきちんと把握し、報酬額を決めるように心がけましょう。
3.まとめ
請負・業務委託社員と「労働者」の違いは、契約関係の違いにとどまらず、実際の業務内容、働き方、報酬などさまざまな要因で判断されます。
また、請負・業務委託社員は自社の「労働者」ではないので、就業規則はもちろんのこと、労働保険や社会保険、退職金制度の適用も出来ません。
トラブルを未然に防ぐためにも、請負・業務委託社員と「労働者」の違いをきちんと理解し、現代社会の多様な働き方のニーズに合わせた対応をしていきましょう。
マイナンバー制度とわたしたち
これまで、個人の情報は国や地方公共団体などそれぞれの機関内で、住民票コード、基礎年金番号、雇用保険被保険者番号などそれぞれの番号で管理され、個別の情報を照らし合わせる事務に相当の時間と労力が費やされていました。
「マイナンバー制度」の導入によって、国や自治体などで管理されている所得や年金、社会保険などが1つの番号で紐付けされます。これにより行政は、事務等の効率化がはかれ、税や社会保険料の適正な徴収などにも役立てられるとともに、国民は公的な手続きにおいて役所などの窓口を訪れる回数が減るというメリットもあります。
行政が個別の情報を照らし合わせる場面にはどのようなものがあり、どんなメリットがあるのか、具体的に見ていきましょう。
1.わたしたちの国民生活はどう変わる?
みなさん一度は耳にされたことのある「失業保険」は、雇用保険という制度の一つです。雇用保険にはいわゆる失業保険(正式には「求職者給付」の「基本手当」)とは別に、「高年齢雇用継続給付」があり、60歳時に定年となり再雇用となって賃金が下がってしまった場合に、60歳から65歳までの間賃金低下を補填する制度です。
若い世代にはなじみの薄い制度かもしれませんが、60歳~65歳から年金がもらえるというのは、よく見聞きされていると思います。
この「老齢厚生年金」と「高年齢雇用継続給付」が同時に受けられる場合、実はそれぞれを満額で受け取ることはできず、支給調整が行われることとされているのです。
国民は、それぞれの申請の際に、他方の支給を受けていることを自ら申告しなければならず、時には窓口を何度も行き来しなければならないこともありました。
その上、「老齢厚生年金」は日本年金機構が基礎年金番号で、「高年齢雇用継続給付」は都道府県労働局公共職業安定所が雇用保険番号で管理しているため、両者間での情報照会に相当の時間と労力をかけて支給調整事務が行われていました。
今後は、申請書に「マイナンバー」を記載することで国民は同時受給の申告をする必要がないので、国民の利便性の向上がはかられるとともに、照会事務が不要となるため行政の効率化がはかられます。
また、これまで同時に支給を受けてしまっていた場合、不正受給として返還を求められていましたが、これを未然に防ぐことで不正受給返還にかかる事務が削減され行政の効率化がはかられます。
国民にとっても、不知による申告漏れで返還を求められてしまうリスクがなくなり、利便性向上がはかられるとともに、より不正受給のない公平・公正な社会を実現するための社会基盤となると言うことができます。
2.そもそも「マイナンバー」って?
マイナンバー(個人番号)は、赤ちゃんからお年寄りまで、日本国内に住民票のあるすべての方に割り振られる12ケタの個人番号です。
ちなみに「マイナンバー制度」には個人に付番される「個人番号」のほかに、法人に付番される「法人番号」があり、設立登記法人、国の機関、地方公共団体、その他の法人や団体に13ケタの数字で割り当てられます。
この2つの番号には、公開に関し大きな違いがあり、法人番号はだれでも自由に利用することが可能であるのに対し、個人番号は非公開です。
個人情報が漏えいした場合に、なりすましによる被害を受ける可能性があるためで、漏えいに関しては重い罰則規定が設けられています。
3.わたしたち従業員のマイナンバーはどう使われる?
マイナンバーは赤ちゃんからお年寄りまで、と前述しましたが、お子さんが生まれた際、早速健康保険証のため勤務先に申し出て、お子さんを扶養に入れる手続きが必要になります。
平成30年10月より、家族を扶養に入れる手続きには原則マイナンバーが必須となっています。では赤ちゃんのマイナンバーはいつどのようにして分かり、いつ扶養の手続きは可能になるのでしょうか?
実は、マイナンバー通知カードは市町村に出生届が出されてから2週間~1ケ月で国から発送されます。時期の幅は、マイナンバーの振り出しが出生届の受付順に順次行われるためで、たとえばある月にその市町村に生まれた赤ちゃんが多ければ、その市町村の住民であるお子さんのマイナンバー通知カードの発送に時間がかかってしまう仕組みです。
とはいえ、出産された病院から、「お子さんの健康保険証を窓口に出してください」と催促を受けることもあります。
原則マイナンバー必須の例外として、住民票の写しの添付をもって代えることが可能です。ただし、住民票の写し等の交付申請には手数料300円がかかります。
4.わたしたちのマイナンバーを守る企業としての取り組みは?
雇用保険も全国健康保険協会管轄の健康保険も、会社の従業員として加入している制度です。「高年齢雇用継続給付」の申請手続きや扶養に入れる手続きのため、わたしたちのマイナンバーは会社に取得され利用されます。
前述のとおり、情報漏えいに関しては重い罰則規定が設けられていますが、それでは不十分です。
企業はマイナンバーを安全に管理し、外部への漏えいや紛失を防ぐために、「誰が」「どのような事務で」「どのような」マイナンバーを取り扱うかについて措置を検討することが求められます。
そしてこれらを考慮の上、マイナンバーを安全に管理するための方針(基本方針)と、安全に取り扱うためのルール(取扱規定等)を策定し、安全管理措置を講じることが求められます。
これらの企業の取り組みにより、わたしたちのマイナンバーが守られる仕組みになっています。
経営者が知っておくべき労災保険の基礎知識
労働保険の1つであり、度々耳にする「労災保険」は、経営者であれば必ず理解しておくべき制度です。しかし、「労災保険って具体的にどんな時に適用されるの?」「社長は労災保険に加入できるの?」「労災保険は絶対に加入しないといけないの?」といった疑問を抱いている方も多くいらっしゃるのではないかと思います。
そこで、今回は、経営者の方が知っておくべき労災保険の基礎知識について、詳しく紹介していきます。
1.労災保険とは?
労災保険とは、労働者災害補償保険の略で、労働者の就業中または通勤途中の災害について、労働者やその遺族に対して保険の給付を行うものです。
この災害とは、具体的に、病気や怪我をしたとき、病気や怪我が原因で亡くなったとき、障害が残ったとき、介護を受けるとき、健康診断で異常所見があったときを指します。
労災保険には、労働者ごとではなく、事業主単位で加入することになっており、保険料は全額事業主が負担します。事業主の方の中には、「労災保険に加入すると保険料の出費が増えるけど、怪我をするような業務はないから、入らずに済ませたい」とお考えになる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし労災保険は、正社員・パートタイマ―・アルバイトなどの雇用形態に関係なく、1人でも労働者を雇用する場合には、加入が義務付けられているのです。
労災保険に加入するためには、所轄の労働基準監督署に、「労働保険 保険関係成立届」と「労働保険概算保険料申告書」を提出する必要があります。
提出期限は、労働保険 保険関係成立届は労働者の採用の日から10日以内、労働保険概算保険料申告書は労働者の採用の日から50日以内となっています。
実際に労働災害が発生してしまった場合の手続きの流れは、労災指定の病院で受診したかそうでないかによって変わってきます。
(1) 労災指定の病院で受診した場合
「療養(補償)給付たる療養の給付請求書」を病院に提出すれば、原則として自己負担はありません。
そして、提出した請求書を病院が労働基準監督署に提出し、受理・調査された後に、病院に費用が支払われます。
(2) 指定病院以外で受診した場合
一度費用を立て替えて、「療養(補償)給付たる療養の費用請求書」を労働基準監督署に提出します。そして、調査がなされた後に、指定された口座に振り込まれます。
2.社長の労災保険の取扱い
それでは、社長が仕事中に怪我をした場合はどうなるのでしょうか。
労災保険は、名前の通り「労働者」のための保険です。つまり、社長のほか、役員も原則として適用されません。代表取締役も平取締役も、労働者ではなく経営者であるからです。
そして健康保険は、労働災害を対象としていません。ですから、もし労働災害が発生してしまった場合、社長は労災保険・健康保険のいずれも利用することができず、全額を自己負担しなければならないということになります。
ただし、例外として、健康保険の被保険者が5人未満である事業所の代表者であり、一般の従業員と同じような業務に従事している場合には、傷病手当金を除いた健康保険の給付を受けることができます。
また、労働者を1人以上雇用している中小企業について、労働保険事務組合へ事務を委託することで、社長や役員であっても特別に労災保険の加入が認められる「労災保険の特別加入制度」というものもあります。
労災保険に特別加入できる中小企業の要件は、常時使用する労働者の数が、金融業・保険業・不動産業・小売業の場合は50人以下、卸売業・サービス業の場合は100人以下、それ以外の業種の場合は300人以下であることです。
労災保険に特別加入をすると、労働保険料の額に関わらず、3回に分割納付することができます。社長1人だけという場合には加入できませんが、対象となる方々には、労働災害が起きてしまう前に、ぜひこの特別加入制度について検討していただけたらと思います。
3.未加入のリスク
前述のとおり、労災保険は、1人でも労働者を雇用する場合には加入が義務付けられています。では、もし労災保険に未加入のうちに労働災害が発生してしまった場合はどうなるのでしょうか。
結論からいうと、未加入であっても、労働基準監督署に給付を請求することは可能です。ですので、未加入であることによって労働者が不利益を被るということはありません。
ところが、事業主については、遡って保険料を徴収されたり、給付された費用の全部または一部を徴収されたりといったペナルティが課されてしまいます。
経営する上で、保険料の支払いを負担に感じる方もいらっしゃるのではないかと思いますが、これまでに述べたように、未加入のままにしておくことは大きなリスクを伴います。
加入を怠っていたばかりに莫大な金額を請求されてしまったということを防ぐためにも、雇用形態に関係なく、1人でも労働者を雇用したら、速やかに加入手続きをしましょう。
4.まとめ
今回は、経営者であれば知っておくべき労災保険に関する基礎知識について紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。
労働災害は突然発生するものです。これを機に労災保険について正しく理解し、万が一の場合に備えていただけたらと思います。
また、労災保険は、経営者・労働者の方々が安心して働くことができる職場環境を整えるための大切な制度です。何か分からないことがある場合には、後回しにせず、社会保険労務士に相談していただくことをお勧めします。
経営法務リスク~ハラスメントリスクについて~
昨今、メディアでは多くのハラスメント問題が取り上げられ、社会的に注目が集まっています。
ハラスメント問題を放置すると、従業員同士の関係の悪化だけにとどまらず、経営者は被害者から使用者責任又は、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の訴訟を提起され、会社の存続を脅かすリスクがあることを忘れてはいけません。
自分の会社には関係のないことだ、たまに社内でハラスメントらしきことが見聞きされるが大丈夫だろうと見過ごし、ハラスメント問題を軽視することはとても危険です。
ハラスメント問題について経営者目線から考えてみましょう。
1.さまざまなハラスメント
パワハラ・セクハラ等の言葉は知っているけれど、どのような事柄がパワハラ・セクハラ等にあたるのか、正しく認識している方は意外と少ないと思われます。まずは、パワハラ・セクハラ等の定義について正しく把握しましょう。以下は、職場で起こりやすいハラスメントの種類について取り上げています。
(1) パワーハラスメント
最近、皆さんがよく耳にするのは「パワハラ」ではないでしょうか。これは「パワーハラスメント」の略語です。パワーハラスメントのパワーは、「力」ではなく「権力」を表しています。
また、ハラスメントとは「嫌がらせ・いじめ」という意味であり、つまり、「権力者によるいじめ」もしくは「権力を利用したいじめ」という意味になります。
一般的に、上司から部下に対して行われることをイメージしがちですが、部下から上司に対してパワハラが行われることもあります。
部下から上司に対して行われる逆パワハラの例としては、業務上適切な指導であったにも関わらず、部下から「人事課に申告するぞ」と脅迫されたり、上司が部下を飲み会に誘った際、飲み会への参加を強要していないにも関わらず、部下から「パワハラだ」と主張されたりするケースがあります。
パワーハラスメントは、業務上の指導に関連していることも多く、指導とパワーハラスメントの線引きが難しいこともあります。
(2) セクシャルハラスメント
セクシャルハラスメントは通称セクハラと呼ばれています。
セクハラは、「労働者」の意に反する「性的な言動」により不利益を受けること、または「性的な言動」により就業環境が害されること、と定義されています。異性間だけではなく、同性に対する行為も含まれます。
(3) マタニティーハラスメント
マタニティーハラスメントはマタハラと略され、一般的に妊娠や出産・育児休業をきっかけに職場内で精神的、肉体的な嫌がらせを受けること、解雇や降格などの不当な扱いを受けることを指します。
なお、妊娠・出産・育児休業の取得を理由として解雇・雇い止め・降格などを行うことは男女雇用機会均等法9条に違反するとして禁止されています。
(4) アルコールハラスメント
アルコールハラスメントは通称アルハラと略され、飲酒を断れない雰囲気を作ったうえで強要してアルコールを飲ませる行為を指します。
例えば、一気飲みをした人が急性アルコール中毒になってしまった場合、一気飲みを強要した人は勿論、一気飲みを止めなかった人についても傷害罪の共犯や幇助犯として罪に問われる可能性があります。
酒席を盛り上げるためという理由で許されるものではないので充分に注意しましょう。
2.加害者や使用者が問われる責任とは?
普段から意識して働いている方は少ないですが、実は労働者も法律により職場の秩序を遵守する義務があり、また、経営者には職場環境配慮義務が定められており、物理的な明るさや騒音などから働く人同士の人間関係など精神的なものまで配慮が必要です。
つまり、労働者も経営者もお互いに快適な職場づくりを目指す義務が定められています。
ハラスメントに及ぶということは、加害者、経営者ともに各々の義務を履行していないことになり、加害者は、ハラスメントにより被害を受けた人から損害賠償を請求され、名誉棄損罪(3年以下の懲役若しくは禁固または50万円以下の罰金)、傷害罪(15年以下の懲役又は50万円以下の罰金)などの刑事事件に発展する可能性もあります。
また、会社は使用者責任若しくは安全配慮義務違反等に基づき損害賠償を請求されることがあります。
3.経営者視点から考えるハラスメント対策
ハラスメント問題は、職場環境の悪化を通じて企業経営に大きな損失をもたらすことがあります。
それでは、ハラスメント問題の発生原因をなくすために、経営者は日ごろから、どのようなことに努めると良いのでしょうか。
次に、経営者が講ずべきハラスメント対策をまとめました。
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① 経営者の方針を明確にし、労働者に対して、周知・啓発を行う。
② 加害者に対し、厳正に対処する旨を就業規則等の文書に規定し、管理・監督者を含むすべての労働者に周知・啓発を行う。
③ 相談窓口を定める。
④ 相談窓口の担当者が、内容や状況に応じ適切に対応できるよう整備する。
⑤ 事実関係を迅速かつ正確に確認する。
⑥ 事実関係確認後、速やかに被害者に対して配慮の措置を適正に行う。
⑦ 事実関係確認後、加害者に対する措置を適正に行う。
⑧ 再発防止に向けた措置を講ずる。(事実が確認できなかった場合も同様に行う。)
⑨ 相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、周知する。
⑩ 相談したことや、事実関係の確認に協力したこと等を理由にして、不利益な扱いを行ってはならない旨を定め、周知・啓発を行う。
ハラスメントの防止効果を高めるためには、日頃から労働者のハラスメント問題に対する意識啓発に取り組み、相談しやすい窓口を設けることや、職場環境の点検を行うことが大切です。
経営者はハラスメント問題を個人の問題としてではなく、会社組織の問題として捉え、ハラスメント問題を未然に防ぐ土壌・職場環境づくりに取り組むことが大切になります。
4.まとめ
経営者は、大切な「人財」の流出や従業員のモチベーションの低下を防ぎ、労働者が十分に能力を発揮できるよう、法に沿った対策は勿論、自社に合う効果的な対策に継続的に取り組むことが大切です。
職場の秩序を保ち、個人の尊厳が尊重されるような、健全な職場づくりを目指していきましょう。
知っていれば役に立つ!経費のこと
仕事をしているとよく耳にする「経費」という言葉。
これって何のことか、知っていますか?
1.そもそも経費って?
いきなりですが皆さん、経費って何だと思いますか?
接待に使った食事代、会社で必要なパソコン代等、仕事中、よく耳にするこの経費という言葉・・・。そう!支払ったお金のことです!
しかし、実はこの支払ったお金には2種類あって、それが「資産」と「費用」に分かれます。
まずは、「資産」について。
これは簡単に言うと目に見えるものです。つまり、形があって効用が継続するものになります。
目に見えるものということは、先程でてきたパソコンは、資産になります。もちろん、パソコンを買うためにはお金が必要ですが、私たちは、お金を払う代わりに、パソコンという資産を手にいれるのです。
それに対して「費用」は、お金を払っても別のものは何も手に入りません。
例えば電車代。業務の中でどこかに出かけることがあると思います。その時会社から目的地まで移動をするためにお金を払うのですが、「資産」のように目に見えるものは何も手に入りません。手に入っているのは、電車に乗って移動するという効用であり、効用は電車を降りた時点で残っていません。こちらの「費用」が、みなさんがよく耳にしている一般的に「経費」と呼ばれるもののことなのです。
以上のことをまとめると・・・
「資産」=お金を払う代わりに「目に見えるもの」が手に入る
「費用」=お金だけが減り、「目に見えるもの」が手に入らない
ということになります。
2.「経費」にするメリット
1で、支払ったお金には2種類あることをお話ししました。
しかし、この支払ったお金が「資産」か「経費」、このどちらにあてはまるかなんて、そんなに重要なのでしょうか。
1を読むと、お金が無くなるだけの経費よりも、お金を払う代わりに別のものが手に入る資産が多い方が、会社にとっては良いように感じます。
けれど、税金のことを考えれば、資産よりも経費になったほうが良いのです。
税金は、商売をしていくうえで、必ずついてくるものであり、会社にとってコストのひとつになります。コストとなるのなら、可能な限り安く抑えたいというのはみなさん同じですよね。
そんな税金は、基本的には利益に対して課税されます。つまり、税金のことを考えれば、経費が増えた方が良く、経費が増えると、利益が小さくなる、すると支払う税金が少なくなる、ということになります。
では、税金を安く抑えたいからと言って、お金だけが減り、目に見えるものが手に入らないものすべてを経費にしてもいいのでしょうか?
実は、これだけでは経費にすることができません。利益というのは、売上から経費を引いたものになるので、この2つは対応していなければなりません。対応というのは、ただ経費をつかうのではなく、「売り上げをあげるため」に「経費」を使う、ということです。
例えば、住宅兼店舗の場合の光熱費。この場合は、売り上げに必要な店舗で使った分の光熱費のみを経費とすることができます。
以上のことから、経費にするためには、売上との対応関係は必ず必要だということが分かったかと思います。
3.経費にもなる資産
2で、経費は売り上げをあげるために使ったものとお話ししましたが、そう考えるとパソコンや机などの資産も売り上げをあげるために使っているものと考えることができます。
では、これらは資産だけでなく経費にもなるのでしょうか?
答えは「なる」です。そうすると、資産と経費に分ける必要なんてないのではないか?と考えますよね。けれど、分けなければならない理由がきちんとあって、その理由が、資産は何年も使えるからなのです。
例えば「パソコン」。これは、買った時だけでなく、何年も売上をあげるために使用しているため、経費とも言えます。つまり、パソコンがある限り売上との対応関係は続いていくことになります。
それでは、具体的にどのようにして資産を経費にするのでしょうか?
手順として、まずはパソコンをいったん資産にします。そこから、その年の売り上げをあげるために使用した分だけをその年の経費にして、毎年少しずつに分けて経費にしていきます。これを減価償却といいます。
1度に経費にするのではなく、毎年少しずつ経費にしていくことで、資産を経費にしていくのですが、何年間経費として使えるのか、これは誰にも分かりません。長く使えるかもしれませんし、すぐに壊れてしまって、使えなくなるかもしれないのです。
このように、どれくらい使えるかというのは誰にも分らないため、目安としての期間が法律で定められており、これを耐用年数と呼びます。これは国税庁のホームページから知ることができるので、是非参考にしてみてください。
4.まとめ
今回は、経費とはそもそも何か、経費にするメリット、経費と資産との関係についてお話ししました。
仕事をしていくうえで経費は切っても切れないものですし、知っているか知らないかで大きく変わってくるものだと思いますので、この記事を読んだことを機に、少しでも多くの経費に対する知識を身につけて、これから役立てていただければと思います。
商標登録ってどうやるの?
普段私たちが目にするブランドのマークや、商品名(=ネーミング)などは「商標権を獲得」=商標登録することによって、そのブランドの価値や、商品の持つイメージの独自性が保たれています。
商標権の獲得は早い者勝ちなので、売り出したい商標が決まったら、すぐに商標を出願するのがおすすめです。
今回は、商標登録に関係が深い士業である「弁理士」、商標登録の手順、そして最後に私たちも日常の中でやってしまっているかもしれない商標権の侵害について説明していきたいと思います。
1.商標登録と弁理士
知的財産権のうち、産業財産権に分類される商標権は、特許庁で管理されています。
ですから、私たちがよく知るブランドのロゴや、商品のデザインなど、様々な商標はみな特許庁に商標登録の申請をし、申請承認されることで守られているのです。
「特許」や「権利取得」と聞くととても専門的な響きがして、複雑な行程を踏まないといけないのでは?と思う方もいるかもしれません。
しかし、実は出願の手続き自体は、所定の様式の書類を記入し、印紙を貼りつけて提出するだけなので、個人で申請することも可能です。
知識や下準備不足で商標登録の申請をした場合、既に同一・類似商標が登録されていたり、不備があると申請が拒絶されたりすることもあり得ます。
こういった事態を自分の力で防ごうとすると、時間や労力がかかってしまいます。また、新たに申請をするとなるとさらに費用もかかります。
そこで登場するのが「弁理士」です。
弁理士とは産業財産権にかかわる全ての事務手続きを代理で行う事ができる国家資格所有者のことです。商標登録代行は弁理士の独占業務です。専門知識のもと、一連の業務をすべて代理で行ってくれるので、自力でやるより時間や労力が省けます。
また申請が拒絶されるリスクもぐっと下がるでしょう。依頼するとなると、費用こそかかりますが、1回の申請で審査に通り、申請費用が無駄にならないと考えると高くはないでしょう。
2.商標登録のステップ
先ほど、登録申請には下準備が必要だと述べましたが、商標登録の申請から承認までには具体的にどのようなステップがあるのかを見ていきたいと思います。
大まかな流れは、①先行商標調査 ②出願 ③審査 ④登録となります。
① 先行商標調査
先行商標調査は商標登録をする上で一番大切なステップです。
先ほど述べた通り、先行商標調査では、自分が登録申請しようとしている商標と同一・類似のものが存在しないかを調べます。
もし既に登録してあることが分かれば、見込みのない出願をしないで済みます。確認がとれたら、商標の区分、指定商品、指定役務(役務=サービス)を検討します。
【第16類】(主に文房具が属する分類)、
【指定商品・指定役務】ボールペン
と設定することが考えられます(一例)。
商標登録の出願は、「商標登録を受けようとする商標(=マーク・ネーミング)」と共に、指定商品・指定役務その商品を使用する区分を指定しなければならないのです。
② 出願
登録したい商標が他と被っていないと判明し、区分の指定も完了したら、いよいよ出願です。
出願は、書類での出願とインターネットでの出願の2種類があります。
今回は主流である書類での出願の流れについて説明します。
(1) 商標登録願の作成を行います。様式が決まっているのでそれに沿って作成します。
(2) 「特許印紙」を購入し指定の箇所に貼り付けます。
(3) 特許庁に提出します(窓口へ直接持参もしくは郵送でも可能です。)
(4) 電子化手数料の納付(出願後払込用紙が送付されて来ます。)
以上が出願の行程です。
③ 審査
出願後、審査には半年から1年程の時間を要します。特許庁には日々膨大な量の商標登録出願があり、それらを順番に審査していかなければならないからです。
時間を要するので、思い立ったらすぐに出願に取り掛かるのがおすすめです。
特許庁による審査後、問題がなければ登録査定がなされます。一方、何か問題があり登録できない場合は、その旨「拒絶理由通知」で知らされます。ここで「意見書・補正書」を提出し拒絶理由が解消されれば登録査定、解消されなければ拒絶査定となってしまいます。
④ 登録
登録査定が出たのち、所定の登録料を特許庁に納めると、登録が完了し晴れて、商標権が発生します。登録料の納付から約1か月で登録証が送られてきます。これにて一連の手続きは終了です。
また、期間は10年間なので、10年ごとに更新をすることで半永久的にその効力が持続します。
3.身近な商標権侵害
最後に、私たちが日常でやってしまうかもしれない、身近に潜む商標権侵害についてお話ししたいと思います。
たとえば、ブランドのロゴ(商標権取得済)が入っている洋服をリメイクして販売することは商標権侵害になりかねません。ブランドのロゴを使うという事は、そのブランドの効果を狙っていると考えられるからです。
また、ブランドが出している生地(商標権取得済)を使って洋服を手作りしたとします。その洋服をフリーマーケットで販売するというのはどうなのでしょうか?
こちらに関しては、各ブランドで方針が分かれます。
「〇〇(ブランド名)の生地を使用しています」と表記するのであれば商業利用するのは構わない、としているところもあります。一方で、「当ブランドの生地を商業利用することは固くお断りします」としているブランドもあります。
一様ではないので、「商売」をする際は他人の権利を侵害していないかを十分に調べた上で行わなければならないでしょう。
4.さいごに
以上のように、商標権とは容易に申請可能で、近年の企業では本当に多く活用されています。つまり、毎年どんどん多くの商標登録がされている以上、世の中での商標権侵害の可能性が高まっている状況にあります。
今後、商標を活用しながらビジネスを行おうとする場合、商標権侵害のトラブルに気付かぬ内に巻き込まれてしまう可能性がありますので、弁護士へ相談しながら進めることが最善でしょう。
また、個人の生活においても、商標権の侵害は起こり得ます。個人での商売だからと安心していると思わぬ事態になりかねないので、十分に注意しなければなりません。