物損事故の問題点(多数当事者の事故)
<ご相談者様からのご質問>
トラック会社に運転手として勤務しているのですが,先日大きな事故に遭ってしまいました。県道を会社のトラックで業務で走っていたのですが,隣の車線を走っていた車が急に車線変更してきたためぶつかってしまいました。ぶつかった衝撃で相手の車(運転手が所有者です。)は県道沿いの民家の壁に衝突し,壁に穴が開いてしまいました。また,私が運転していたトラックも信号機にぶつかってしまい,信号機が倒壊してしまいました。
これだけの大きな事故ですが,奇跡的にけが人は1人もでませんでした。これだけ大きい事故だと相手方との間で修理費だけ話し合うということではすまないと思うのですが・・・・
<弁護士からの回答>
自動車は非常に速い速度で動いていることからひとたび交通事故が起きた場合には,ご相談者様の事例のように,多数の人や物を巻き込んだ大きな事故になってしまう可能性も否定できません。そこで,今回は,多数の人を巻き込んでしまった交通事故における,処理についてご説明させていただきます。
1 損害賠償を請求できる人
まず,交通事故により所有している自動車を損壊させられた人,すなわち自動車の所有者は損害賠償請求権者です。したがって,ご相談者様の事例では,相手方車両の運転手がその車を所有しているとのことなので,相手方には損害賠償請求権が発生します。一方,ご相談者様はトラックを所持しておらず,トラックの所有者はご相談者様の勤務している会社であるため,ご相談者様は損害賠償請求権を持っているわけではなく,会社が持つことになります。また,今回の事例では,会社には車両が使えなくなったことによる損害(休車損といいます。)が請求できる可能性がありますがこれについては次回ご説明させていただきます。
つぎに,本件では相手方の車両が民家の壁を損壊しているため,民家の所有者も壁の修復費用等を損害賠償として請求することができます。また,ご相談者様が運転するトラックが信号機に衝突し,倒壊してしまっているので県や国土交通省は信号機の損害を請求することができます。信号機だけでなく,ガードレールや標識,電柱などは皆さんが想像しているよりも非常に高額で時には数百万円もの賠償請求がなされる場合もあるので,対物賠償保険については必ず無制限の保険に入っていた方がよいでしょう。
2 損害賠償請求義務を負う人
次に,損害賠償を支払う義務がある人ですが,まず,事故の当事者である運転手は当然賠償義務を負います。それだけでなく,今回のケースでは,ご相談者様は会社の業務として交通事故を起こしてしまっているので会社は使用者責任(民法715条1項本文)を負うことになります。
3 請求できる(請求される)金額について
今回の事故では,ご相談者様と相手方が運転手の双方に過失がある事故であることから,被害者(損害賠償を請求することができる人)は,被った債権額を過失割合に応じて各加害者に請求しなければならないのでしょうか。結論からお伝えすると,被害者は当事者間の過失割合に関係なく,損害額全額を,賠償義務を負う人に請求することができます。ご相談者様の事例では,民家の壁を壊された人は,ご相談者様,相手方,さらに,ご相談者様の勤務する会社の誰に対しても損害額全額を請求することができます。これは,複数の人が不法行為を行っているいわゆる共同不法行為においては,加害者は全額を支払う責任(不真正連帯債務といいます。)を負わせ,被害者には誰に対しても全額請求できるようにし,被害者救済を図るべきであるとの考え方に基づいています。
したがって,被害者から請求された加害者(若しくは,会社)は,被害者の被った損害を全額支払う必要があります,もっとも,加害者は,自己の過失割合を越えた範囲の金額については,他の加害者に請求することができます(これを「求償権」といいます。)
このように,多数当事者が巻き込まれる事故の場合には,誰に対し請求できるのかという複雑な問題がありますので,是非一度弁護士にご相談ください。
物損事故の問題点④~慰謝料について~
<ご相談者様からのご質問>
先日,長年乗っていた愛車にぶつけられてしまいました。何年も乗っていて非常に愛着のある車ですが,廃車にするしかなさそうです。とてもショックなのですが,精神的苦痛を被ったとして,慰謝料などは認められないのでしょうか。
<弁護士からの回答>
物損事故に遭われた方がご相談に来られた際に,ご相談者様と同じように慰謝料を支払ってもらえないのかというご相談が少なくありません。結論から申してしまうと,物損事故の場合には,慰謝料が認められることはほとんどありません。
そこで,本日は,物損事故における慰謝料についてご説明させていただきます。
慰謝料とは,不法行為(交通事故)により,精神的苦痛を被った場合にかかる苦痛を損害として金銭的に補填するためのものです。この点,ご相談者様のように,事故により愛用してきた車両が使えなくなったことにより,物損事故であっても事故による精神的苦痛を被っていることは否定できません。しかし,自動車の物損事故においては,修理費若しくは当該車両の時価(全損の場合)等の財産的な損害が填補されたことにより,精神的苦痛も同時に填補されていると考えられています。
したがって,自動車の物損事故において,財産的な損害を越えた慰謝料が認められることはありません。
このように,自動車の物損事故の場合には,慰謝料の支払いが認められることはありませんが,例外的に,①事故により飼っているペットが亡くなってしまったり,ケガをして後遺症が残ってしまった場合や,②事故により墓石が損壊してしまった場合などには物損事故であっても慰謝料が認められています。
①のペットについては,ペットを飼われている方からは異論が出るかもしれませんが,法律上,ペットは「物」として扱われます。過去の裁判例では,この「物」である側面のみ強調され,ペットの時価のみが損害であるとされ,長年育て飼い主の愛着が増したペットのほうが,時価が低いと判断するものもありました。
しかし,近時の裁判例では,ペットは「飼い主との交流を通じて,家族の一員であるかのように,買主にとってかけがえのない存在になっていることが少なくない」として,ペットが亡くなった場合や後遺症が残ってしまった場合には,慰謝料を認めています。
また,②の墓石に関しては,「先祖や故人が眠る場所として,通常その少輔者にとって,強い敬愛追慕の念を抱く対象となる。」として,墓石が壊れたことによる精神的苦痛の賠償を認めています。
このように,例外的に,その物に特別の愛着を抱くことが一般的に争いがない物については,例外的に物損の慰謝料が認められますが,自動車に関しては愛着を持たれている方がいらっしゃることは事実ではありますがそれが一般的に争いがないとまでは認められない以上(単に移動手段としか捉えていないかたもすくなからずいらっしゃるでしょう。),自動車の物損における慰謝料の請求は認められないでしょう。
もっとも,前回お伝えした通り,事故に遭った車の内容によっては,評価損が損害として認められる場合もあるので,是非一度弁護士にご相談ください。
物損の問題点③~評価損について~
<ご相談者様からのご質問>
先日,買ったばかりの新車にぶつけられてしまいました。加害者の保険会社の人は,きちんと修理代金は払いますとおっしゃっていただいているのですが,せっかくの新車だったのに,これで事故歴や修理歴が記録されてしまい,事故車になってしまうのがとてもショックです。事故車になったことについても何か請求できないのでしょうか。
<弁護士からの回答>
物損事故の場合,基本的に修理費用が当該交通事故の損害と判断されます。しかし,ご相談者様のように,事故歴や修理歴が記録されることにより,自動車の価値全体が下がるという事実は否定できません。そこで,本日は,物損事故における評価損についてご説明させていただきます。
物損事故にあった場合,修理により,外観や性能が回復することが一般的であるため,「欠陥が認められない」「性能や外観の低下がない」などとして,当該車両に事故歴,修理歴が残ることによる損害については認められないとされた裁判例も過去には存在しました。
もっとも,自動車は非常に精密かつ複雑な構造をしており,かつ,骨格部分等内部がどのようになっているのかについては,修理の際に正確に把握することは困難であるといえます。したがって,修理されたといっても,完全に修理されているとはいえない可能性があり,隠れた損傷があるかもしれないということや,修理後車両を使用していく際に,無事故の自動車よりも不具合が発生しやすくなるのではないかという懸念が残る以上。事故車であるということ自体により,現実門隊として,中古車市場において価格が非常に低く評価されてしまうのは事実です。
したがって,一定の場合には,修理歴が存在することによって価値が下がったことによる損害(評価損)が裁判例においても認められるケースが多くなってきました。この評価損(格落ち損ともいいます。)ですが,上記のように修理することが前提となっていますので,修理することができない全損事故の場合には,損害として認めることができません。
また,全損事故でない場合であっても,全てのケースで評価損が認められているわけではありません。当該自動車が初年度登録から何年間経過しているか(3年以上経過している自動車の場合,認められる可能性が低くなる印象があります。)走行距離がどの程度あるか(距離が多いほど認められない方向に働きます。),車両のどの部分に損傷があるか(骨格部分に損傷がある場合には認められやすい方向に働きます。)など様々な事情を総合的に考慮して判断することになります。
また,評価損が存在すると認められた場合にどの程度損害額が認められるのかについては,修理額の20%~30%と判断するもの(これが一般的です。)や,中古車販売価格等を調査したり,修理業者等に事故歴があることによる評価の下落分を査定してもらう等様々な方法があり,高級外車の場合等は比較的高額な評価損が認められる場合もあります。
いずれにせよ,評価損の請求については非常に専門的な分野なので,是非一度弁護士にご相談ください。
親権者の判断基準⑤
<ご相談者様からのご質問>
勝手に連れ去ってしまうとダメなんですね。でも,そもそも妻が別居する際に子どもを実家に連れて行っているのはどうなのでしょうか。それも違法な連れ去りに該当するのではないですか。
<弁護士からの回答>
離婚問題で夫側からのご相談の場合に多く聞かれるご質問として,ご相談者様のように,妻が子どもともに,同居していた住居から別居したことで何か追及することができないかという点があります。今回は,離婚する際に子どもを連れ出して別居を実施することの適法性についてご説明させていただきます。
離婚を考えている夫婦の一方が子どもを連れ出して別居をする行為(いわゆる「連れ去り別居」といいます。)については,これまでご説明してきたとおり,親権者の判断において現状維持が非常に大事であるとの考えから,現状維持を確保するためにいわば連れ去ったもの勝ちであるとの認識が広まり,連れ去り別居が横行することになりました。
しかし,親権者の判断はあくまでも子の福祉に適しているか否かの判断であるため,子のことを考えず,ただただ親権が欲しいがために連れ去る行為が容認されてしまうと,子の福祉を害することになってしまいます。
したがって,現在では,連れ去り別居に関しても,直ちに適法であるとは判断されず,別居するに至った経緯等が慎重に判断されているのが現状です。
具体的には,従前の監護状況(連れ去った親が主たる監護者か否か監護能力に問題がないか否か。),や,子の年齢,別居に至る経緯(別居せざるを得ない状況が会ったのか否か。)別居の時期(子どもに影響を及ぼす時期であるのか否か。)別居先(遠方か否か),子の監護について夫婦間で話し合ったか否か,別居後の非監護親との面会交流の有無,別居後の未成年者の心身の状況等を総合的に考慮することになります。
別の機会にもご説明しますが,相手方に無断で連れ去り別居を実施した場合,相手方は基本的に,子どもを確保すべく,子の監護権者の指定及び子の引渡しの審判を家庭裁判所に申し立てることになります(緊急性が高い場合には保全処分の申立てもなされます。)。このように連れ去り別居により相手方との関係が紛争状態に発展することも否定できないため,お子さんを連れての別居に関しては,許容されるような状況に該当するか否かについては,別居を行う前に慎重に判断する必要があるため,是非一度,弁護士にご相談ください。
アパートの騒音クレームについての対応
【相談事例③】
アパートに住んでいるのですが,同じ隣人から管理会社や警察を通して騒音の苦情がきているが、自分としては身に覚えがなく,なるべく音をたてないように注意をしていたのですが、直接苦情を言われることはないのですが,先日,娘の学校にまでクレームの電話をしてこられるなどとても迷惑しています。娘と2人暮らしなので,とても不安です。どのように対処すべきでしょうか?
【弁護士からの回答】
マンションやアパートで生活する中で隣人の騒音トラブル等で悩まされることは多いと思います。もっとも今回のご相談内容は,少し変わっており,騒音トラブルを起こしていると因縁をつけられてしまったケースです。今回は,一般的な騒音トラブルについてご説明するとともに,本件の具体的な解決方法についてご説明させていただきます。
1 騒音トラブルに遭ったら
まず,隣人より騒音等がなされている場合には,通常ご自身で隣人の方に苦情を言いに行かれる方も少なくないと思いますが,苦情を伝えたことで相手から逆上され,騒音以外のトラブルになる可能性もありますのであまりお勧めはできません。騒音が確認された場合には,まず,可能な限り騒音に関する記録を残しておくことが必要です。具体的には,録音機器などがあれば,騒音が聞こえたと思ったら録音することや,騒音の日時,騒音の内容,騒音の次回等を毎回メモしておくこと等が有効です。
騒音に関する記録が揃ったら,不動産の賃貸人(若しくは管理会社)に対し,隣人の騒音で困っているので改善して欲しいと求めることになります。その際,騒音の記録を示し,または1人ではなく同じマンションやアパートの他の住民の方と一緒に騒音被害を申し出るのが効果的です。賃貸人は,賃貸借契約に基づき,賃借人に対し,目的物を使用収益させる義務を負っており,他の住人が騒音出している場合には,他の住人が平穏に目的物を使用収益できるよう,対策を講じる義務があると考えられています。したがって,住民から苦情が出た際に,貸主や管理組合にて何ら対応をしない場合には,賃貸人の義務に反しているとして,契約を解除されてしまう可能性も否定できないため,複数人で苦情の申し出を行うことが適切であると考えられています。
そして,賃貸人や管理組合から騒音を出している住人に対し,騒音を出さないように求めても改善しない場合には,賃貸人側に対し,問題の住人を退去するよう求めることになります(賃借人が他の賃借人を強制的に退去させる権限はありません。)。
賃借人にも目的物を定められた用法にしたがって使用する義務を負っているところ,騒音に限らず悪臭など他の住人に迷惑を及ぼすことなく使用収益を行う義務を負っていると考えられるため,かかる義務に違反している場合には,賃借人の債務不履行に基づき解除することができることになります。
もっとも,賃貸借契約の解除に関しては,賃借人の生活の根幹である住居を奪うことになりますので,解除が認められるためには,当該債務不履行が賃貸人と賃借人の信頼関係を破壊する程度の重大なものであるかという点が問題となります。騒音での解除の際には具体的な基準等があるわけではないですが,①騒音の程度(受任限度を超える程度の騒音であるか否か,各自治体が定める近隣騒音に関する環境基準等で定められている40デシベル以上か否か等が1つの基準になりえるのではないでしょうか。),②騒音の期間,③解除に至るまでの経緯(再三に渡り騒音をやめるよう求めたにも関わらず拒否しなかった場合等。)を総合的に考慮して判断することになろうかと思われます。
2 ご相談者様のケースについて
ご相談者様のケースでは,隣人より,騒音トラブルを起こしていると因縁をつけられるだけでなく,お子さんの学校にクレーム等を入れているだいぶ迷惑極まりないい人であることには間違いありません。この点,学校にクレームを入れる等の行為は,目的物の使用収益とは関係する者ではないため,管理会社より中止するよう求めることはできないでしょう。しかし,お子さんの学校にクレームを入れたりする行為は名誉毀損などの行為に該当しうるため,警察に連絡し止める注意してもらうことや,弁護士を代理人として,相手方に対しそのような迷惑行為をやめるよう働きかけることは可能です。それでも迷惑行為が止まない場合には,同じアパートに住んでおり,相手の行動が激化した際に,取り返しのつかないことになりかねないため,引っ越すことなどを検討した方が良いかもしれません。その際には迷惑行為により,引っ越しを余儀なくされたと認められる場合には,引っ越し費用や慰謝料を不法行為に基づく損害賠償として請求することができます。とはいえ,クレーマーといつまでも関わり合いを持つということも避けたいと思われる方もいらっしゃると思いますので,是非一度弁護士にご相談ください。
親権者の判断基準④
<ご相談者様からのご質問>
妻との離婚を考えています。先月に妻が5歳の長男と一緒に実家に帰ってしまいました。
はじめのうちは,母親が育てる方がよいのではないかと考えたのですが,やはり自分が親権を欲しいと考えています。
先生の話では現在の監護状況が継続することが大事であるとのことでしたので,何としても子どもをこちら側に引っ張ってきたいと考えています。問題はないでしょうか。
<弁護士からの回答>
前回ご説明したとおり,子の親権者の判断においては,現状維持,すなわち,現在生活している環境が特段問題なく,変更後の環境との優劣がない場合には,現状の環境を維持すべきであると考えられています。では,ご相談者様の事例のように現状を確保するために,お子さんをご相談者様側に引き戻すことは適切なのでしょうか。
今回は,違法な奪取行為が親権者の判断に与える影響について協議させていただきます。
前回ご説明したように,現状維持については,親権者の判断要素となります。しかし,現状維持についてのみを優先してしまうと,現状維持を確保するために,子どもを連れ去ることにより監護実績を確保するだけで,親権者の判断にとって有利な状況を作出することが可能になってしまい,連れ去りが横行してしまい,子の福祉を著しく害することになってしまいます。
そこで,親権者の判断においては,違法な連れ去りを行った場合には,親権者としての適格性を欠くとして,親権者の判断においては非常に不利な状況に陥ることになってしまいます。
具体的には,面会交流中に子どもを引き渡さずに拘束したまま返さない場合や,子を連れて別居した妻から,実力行使により子を連れ去る行為や子の監護について夫婦で協議していたにも関わらず,その協議に反し,事実上監護状態を作出する行為などは,違法な連れ去り行為等に該当すると判断されています。特に最初にあるように,実力行為により子どもを奪取する行為は,親権者であったとしても,未成年者略取罪として犯罪行為に該当しうる行為ですので,絶対にやめた方がよいでしょう。
このような,違法な連れ去り行為等を行ってしまうと,相手方が弁護士に依頼をした場合,直ちに,子どもを引き渡すよう,裁判所を通じて求めてきます(子の引渡しの審判といいます。
審判については別の機会にご説明します。)。そして,違法な連れ去り行為を行った当事者に対しては,親権者の判断において非常に不利になってしまうばかりか,親権者として認められなかった後の面会交流の条件面においても一度違法な連れ去り行為を行っている以上,信用性に欠けるとして非常に制限された面会交流しか認められない場合や,程度によっては面会交流が認められない可能性もでてきます。
ご相談者様の事例においても一定程度,相手方の監護下における生活が継続している以上,強制的に連れ去ってしまう行為は,違法な連れ去り行為と判断されてしまう可能性が髙いといえます。別の機会にもご説明しますが,親権について固執するのか,親権者という形ではなく面会交流によりお子さんとの交流を実現すべきであるのかについては,十分に考えなくてはいけない事項ですので,是非一度弁護士にご相談ください。
親権者の判断基準③
<ご相談者様からのご質問>
夫との離婚を考えており,これまで協議をしていました。離婚すること自体には争いはなかったのですが,夫との間の長男の親権について話がまとまりませんでした。現在,私の仕事が忙しく3か月前程から夫の実家にて子どもを面倒見てもらっています。先生のお話では,従前の監護状況が親権者にとって非常に大事であるとのことであったので,従前私が主として子どもを監護してきた以上,私が親権者となると思うのですがどうでしょうか。
<弁護士からの回答>
これまでご説明してきたとおり,親権者の判断は「子の福祉」の観点から判断されます。ご相談者様がおっしゃるように,確かに従前の監護状況については,親権者を判断する重要な要素ですが,それと同様に,現在の監護状況がどの程度継続しているのかという点についても非常に重要な要素となっています。そこで,本日は,現状維持の重要性についてご説明させていただきます。
親権者の指定において,従前の監護状況から環境が変更される場合には,環境の変更による子に与える影響を考慮する必要があります。この点,幼児や15歳以上の子どもになると環境変更による影響は比較的小さくなると考えられています(子の置かれている個々の状況によって異なるとは思います。)。
これに対し,幼稚園に通っている子や中学生特に小学生では環境の変化,具体的には転校による交友関係の変化等与える影響も多く,さらに新しい環境において馴染めるのか否かという点も予測することが困難であります。
また,親権者の判断の際には,従前の環境と新しい環境のどちらが優れているのかという点も判断の要素となりますが,通常,いずれの環境も監護能力については問題と判断され,監護体制で優劣がつくことはあまり多くはありません。
そこで,裁判所においては,現在子がおかれている環境に問題が無い場合,新しい環境が特段優れていると判断できる事情がない場合には基本的には現状を維持すべきであると判断される傾向にあります。
ご相談者様の場合でも,現時点においてご主人の実家での一定程度継続している以上,ご相談者における監護状況によっても異なりますが,離婚に伴って,お子さんが他県に引越しせざるを得ない場合等環境が大きく変更せざるを得ない場合には現状を維持すべきであるとして,相手方に親権者が指定されるべきであると判断される場合もあります。
したがって,ご相談者様の場合にも,環境を変化させないような体制を確保することができるかを検討したり,相手方との話し合いにより,交互に未成年者を監護する等対策を行う必要があると思われますので,是非一度弁護士にご相談ください。
親権者の判断基準②
<ご相談者様からのご質問>
妻との離婚を考えています。妻との間には5歳の息子がいるのですが,息子からは「パパと一緒にいたい」といつも言ってもらっています。息子が私と一緒にいたいと言ってくれているので,親権者は妻ではなく私がなれると考えて問題ないですか。
<弁護士からの回答>
親権者の判断要素のところでもご説明しましたが,子の心身の状況についても判断要素となり,その中でも親権者に関する子の意向について判断要素となることがありますが,子の意向が親権者の判断においてどの程度考慮されるのかについてはケースごとに異なります。そこで,本日は,親権者に関する子の意向についてご説明させていただきます。
これまでもご説明しているように,親権者の判断は子の利益のために行うものであることから,子の意思を尊重すべきことは当然です。家事事件手続法にも,親権者の指定または変更の審判をするとき,子が15歳以上の場合には子の陳述を聞かなければならないと規定されており(169条2項),子の意見を尊重すべきことを規定しています。
もっとも,子が幼いときには,父と母が対立している状況下で両親ともに愛している子どもが,その時々で回答が異なったり,置かれている環境に左右されてしまうことが非常に多いです。そのような状況下でどちらの親と過ごすべきかという判断について,子の意思を重要な判断要素とすべきではないと考えられています。
したがって,幼い子ども(小学校低学年や就学前の幼児)の場合には,一方の親と暮らしたいという意向や,一方の親への嫌悪の意思が確認できたとしても,その発言が真意ではない可能性や真意であったとしても変わる可能性があることから,あくまでも。参考程度に考慮される程度にとどまることになります。
もっとも,家庭裁判所の実務では,子どもの年齢が概ね10歳程度に達している場合には,意思能力に問題はないと考えられています。したがって,意思能力に問題がないとされている10歳程度の子どもの場合には,子の意思の確認がなされ,親権者の判断において考慮されることが一般的です。別の機会にもご説明しますが,子の意思の確認に関しては,家庭裁判所の調査官という子どもに関する専門的な技官において子と面会し意向を確認します。
ご相談者様のケースでもお子さんの意向のみでは,ご相談者様が親権者と指定されることが確定したわけではありません。その他の事情も詳細に確認しなければ正確に判断することは困難であるため,是非一度弁護士にご相談ください。
親権者判断の基準①
<ご相談者からのご質問>
親権者の判断要素についてはわかりました。
では,裁判官は判断要素をもとにどのような基準で親権者を判断するのでしょうか。インターネットなどでは「母性優先の原則」等があり母親が有利であると判断されると聞いたのですが,本当ですか。私の家庭では,いわゆる専業主夫という形をとっており,子どもが生まれた時から,妻ではなく私が子どもを育ててきたのですが・・・・
<弁護士からの回答>
前回は,親権者指定の判断要素についてご説明しましたが,今回から数回に分けて,裁判官がどのような基準で親権者を判断しているのかについてご説明させていただきます。
1 「母性優先の原則」の有無
「母性優先の原則」とは,子(特に幼児)については,母親の存在が不可欠であるとして,特段の事情がないかぎり母親を親権者に指定するべきという考え方です。しかし,前回もご説明したとおり,親権者の判断は,「子の福祉」の観点からどちらがふさわしいかという観点から判断されるため,母親であることということが直ちに「子の福祉」から親権者として相応しいと判断されることにはなりません。よって,建前上は「母性優先の原則」という原則は採用されていません。
もっとも,前回もご説明したとおり,親権者の判断要素として子の監護状況(監護実績等)については,非常に重要な判断要素となっており,日本においては夫が外で働き,妻が家で子を育てるという形が一般的になっているため,母親(妻)が子を監護していることが多いため,母親が親権者として指定されることが多いです。
したがって,よく,親権に関してご相談に来られる方からも「母親だと有利になりますか。」というご質問をいただくのですが,その際には,「母親というだけで有利になるということにはなりませんが,お子さんの養育状況等から母親の方が親権者として指定されることが多いです。」と回答するようにしています。
ご相談者様の事例では,ご相談者様が主にお子さんを監護してきたということですので,監護実績の点においては,ご相談者さまが有利と判断される可能性が高いといえるでしょう。
当事務所へご相談に来られる男性の方には,よく,どうせ母親が親権者として選ばれるのだから親権はあきらめていると話される方がいらっしゃいますが,親権者の判断においては,父親,母親という観点のみならず多くの要素をもとに判断していくため,必ずしも親権者になれないということはありませんので,是非親権について悩まれている場合にはいち早く弁護士にご相談ください。
相続財産に含まれない財産②
<ご相談者様からのご質問>
先日,父が亡くなりました(遺言はありません。)。父の法定相続人は,私と兄の2人なのです。相続財産については,預貯金500万円ほどがあり,兄妹で仲良く250万円ずつで分けることに合意していたのですが,遺産分割協議書を作成する前に,父が兄を受取人とする生命保険をかけており,兄が100万円程生命保険金を受け取っていたことが分かりました。
私としては,相続財産は預貯金と生命保険金の合計600万円であり,300万円がが法定相続分としてもらえると考えているのですが,間違っているのでしょうか。
<弁護士からの回答>
前回は,相続財産に該当しない財産として,一身専属の権利義務についてご説明させていただきましたが,今回は,生命保険金についてご説明させていただきます。
生命保険金については,死亡により支給される仕組みになっていることから,相続財産に含まれると考えられている方が非常に多いのではないかと思います。
しかし,結論からお伝えすると,生命保険金は相続財産に含まれません。理由としては,相続財産とは,相続開始時(死亡した時点)において被相続人が有している財産であるところ,生命保険契約は,契約者と保険会社との間で,保険料を支払うかわりに「被保険者が死亡したことを条件として受取人に対し,生命保険金を支給する」ことを合意する契約です。すなわち,生命保険金はあくまでも保険契約に基づき受取人が受領することができるものであり,被相続人から承継した金銭ではないため,相続財産に該当せず,当該受取人固有の財産となります。
したがって,ご相談者様のケースにおいてもご相談者様の兄が受領した生命保険金100万円については,兄の固有の財産に該当するため,相続財産には含まれないことから,相続財産は預貯金の500万円のみということになります。
このように生命保険金については,遺産分割における相続財産には該当しませんが,生命保険金の額があまりにも高額な場合には,別の機会にご説明しますが,遺留分減殺請求権における「特別受益」として認定される場合もあります。
また,保険金の受取人が「満期の場合には被保険者(被相続人),被保険者が死亡した場合には相続人」と規定されており,相続人が複数存在する場合には,相続財産には含まれないものの,法定相続分にしたがって,各自保険金請求権を有することになります。
また,相続税においては,生命保険金も相続税の課税対象となる「みなし相続財産」に含まれますので,相続税の算定の際には注意が必要です。