
通勤途中に追突事故などを起こし、相手だけでなく自分もけがをすることがあります。この場合、事故の加害者だから労災は使えないと思われるかもしれません。しかし、交通事故の過失割合と、通勤災害として労災保険の対象になるかは別の問題です。
本記事では、通勤途中の事故で加害者となった本人や会社の担当者に向けて、労災が使える条件や給付制限、事故後の手続について弁護士が解説します。
第1章 通勤途中の事故では加害者側でも労災を使える場合がある
1-1 交通事故の加害者かどうかと通勤災害に該当するかは別に判断される
通勤途中に自分の不注意で交通事故を起こした場合でも、それだけを理由に労災保険の対象外になるわけではありません。
労働者災害補償保険法では、労働者の「通勤による負傷、疾病、障害又は死亡」を通勤災害としています。ここで問題となるのは、「そのけがが労災保険法上の通勤によって生じたものといえるかどうか」です。
たとえば、出勤途中に前方不注意で停車中の車へ追突し、相手の車を損傷させるとともに、自分も首を痛めたとします。この場合、交通事故の賠償問題では加害者になりますが、本人のけがについては、通勤災害として労災保険の対象になるかを別途判断することになります。
1-2 過失割合が100%でも、それだけで労災の対象外になるわけではない
事故の過失割合で、労災保険の適用有無が決まるわけでもありません。
相手方に過失がなく、こちら側の過失が100%と評価される事故でも、そのけがが労災保険法上の通勤によって生じたものと認められれば、労災保険の対象となり得ます。
ただし、事故時にどのような運転をしていたかは、通勤災害に該当するかや、労災給付が制限されるかの判断に関係します。
単なる前方不注意などと、飲酒運転や著しい速度超過などでは、労災保険上の評価は異なります。この点は第3章で確認します。
1-3 自分のけがに労災を使えても被害者への賠償責任は別に残る
もっとも、労災保険を利用することと、事故の相手方に対する損害賠償責任は別の問題です。
通勤災害として労災給付を受けるのは、あくまで自身が負ったけがなどに対する補償です。
自身の過失で相手方にけがをさせたり、相手の車を壊したりした場合には、民事上の損害賠償責任が生じる可能性があります。事故の内容によっては刑事責任や道路交通法上の責任が問題になることもあります。
第2章 加害者でも労災を使うには通勤災害に該当する必要がある
2-1 就業に関する合理的な経路・方法での移動だったかを確認する
加害者側であっても労災の対象となり得ますが、その場合、事故が労災保険法上の「通勤」の途中で発生したことが前提です。
労災保険法では、通勤について、「就業に関して住居と就業場所の間などを合理的な経路・方法で移動すること」と定めています。典型的なのは、自宅から勤務先へ出勤する途中や、勤務を終えて自宅へ帰る途中の事故です。
「合理的な経路」とは、毎日必ず同じ道路を走っていなければならないという意味ではありません。道路工事や渋滞のため通常とは異なる道を通るなど、通勤として合理的な事情があれば認められる余地があります。
2-2 私用の寄り道や移動の中断があると通勤災害にならないことがある
帰宅途中で事故に遭ったからといって、必ず通勤災害になるとは限りません。
労災保険法では、通勤経路を私的な目的で外れる「逸脱」や、通勤とは関係のない行為を行う「中断」があった場合、その間と、その後の移動は原則として通勤に当たらないとされています。
ただし、日用品の購入や病院での診察など、日常生活上必要な行為として法令上認められているものをやむを得ず最小限度行った場合には、その行為を終えて合理的な通勤経路に戻った後は、再び通勤として扱われることがあります。
そのため、事故が起きた場所だけを見るのではなく、「勤務先を出てから事故現場までどのように移動していたのか」を確認することも重要です。
2-3 会社に届け出ていない車やバイクでの通勤でも直ちに対象外にはならない
会社の総務担当者が判断に迷いやすいのが、会社に届け出ていた通勤方法と、実際の通勤方法が違っていた場合です。
たとえば、会社には電車通勤と届けていた従業員が、実際にはバイクで出勤し、その途中で事故を起こしたケースです。
厚生労働省は、会社への届出や承認がないオートバイ通勤でも、合理的な経路・方法による通勤であれば労災保険の補償を受けられると説明しています。
したがって、会社の通勤規程違反という社内規程上の問題と、労災保険上の通勤災害に該当するかは分けて考える必要があります。
第3章 加害事故では故意・重大な過失などによる給付制限に注意する
3-1 事故について過失があることと労災保険法上の重大な過失は同じではない
「加害者でも労災を使える」と聞くと、事故を起こした原因はまったく考慮されないように思われるかもしれません。しかし、そうではありません。
労働者災害補償保険法では、労働者が故意に事故を生じさせた場合には保険給付を行わず、故意の犯罪行為や重大な過失によって事故を生じさせた場合などには、保険給付の全部または一部を行わないことができると定めています。
交通事故では、次のようなケースで重大な過失などによる給付制限が問題になります。
3-2 飲酒運転や著しい速度違反などでは給付制限が問題になることがある
労災保険法上の重大な過失に当たるかは、事故の態様などを踏まえて判断されます。
厚生労働省の資料では、故意の犯罪行為または重大な過失による給付制限が問題となる例として、飲酒運転やスピード違反を原因とする事故が挙げられています。
そもそも泥酔状態で自動車などを運転している場合には、労災保険法上の「合理的な方法による通勤」といえるのかという問題も生じます。
3-3 事故の刑事責任や交通違反と労災の支給・不支給は分けて確認する
労災保険については、事故が通勤災害に該当するか、故意や重大な過失などによる給付制限の対象となるかといった事情をふまえて、支給・不支給が判断されます。
会社が労災ではないと判断しても申請できる
労災に該当するかを最終的に判断するのは会社ではありません。
事故を起こした本人が労災保険を請求し、労働基準監督署長が支給・不支給を決定します。そのため、会社が労災ではないと考えても、それだけで申請ができなくなるわけではありません。
第4章 通勤途中の加害事故で労災を申請するときの手続
4-1 事故状況と通勤経路を会社へ正確に伝える
通勤途中で事故を起こして自分もけがをした場合には、まず事故の状況を整理します。
会社側では、事故の日時・場所、出勤途中か退勤途中か、通常の通勤経路、使用していた交通手段、寄り道の有無、事故の状況、相手方の有無、けがの内容などを確認しておくと、その後の労災手続を進めやすくなります。
労災指定医療機関などで治療を受ける場合には、原則として厚労省所定の「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号の3)」を使用します。
また、けがのため仕事を休み、要件を満たす場合には「休業給付支給請求書(様式第16号の6)」による請求も考えられます。
通勤災害では最初の3日間について会社に休業補償の義務はない
通勤災害によって仕事を休んだ場合、労災保険の休業給付が支給されるのは休業4日目からです。休業初日から3日目までは待期期間とされ、労災保険から休業給付は支給されません。
この3日間について混同しやすいのが業務災害との違いです。
もし、これが業務中の事故による「業務災害」だった場合には、会社はこの3日間について労働基準法に基づき平均賃金の60%の休業補償を行う必要があります。しかし、「通勤災害」では、会社にこのような休業補償を行う法的義務はありません。
そのため、通勤災害で最初の3日間について会社から賃金や補償を受けられるかは、就業規則や賃金規程、休暇制度、災害補償規程などの定めによって異なります。
4-2 相手方にも過失がある場合は第三者行為災害の手続が必要になることがある
一般的には加害者側と扱われる場合でも、相手方にも過失があれば、労災の手続では第三者行為災害として扱われることがあります。
たとえば、事故の過失割合が「こちら側70%、相手方30%」と判断されるケースです。
この場合、こちら側が事故について大きな責任を負うため加害者側と呼ばれることがありますが、相手方にも30%の過失があります。そのため、自身が負ったけがについて、相手方が一定の損害賠償責任を負う可能性があります。
このように相手方にも賠償責任がある場合、本人は自身のけがについて第三者行為災害として追加の手続が必要になる場合があります。
4-3 第三者行為災害では本人が追加書類を提出し、相手方の保険との調整も必要になる
第三者行為災害に該当する場合には、事故でけがをした本人が、第三者行為災害届や念書(兼同意書)、交通事故証明書(取得できない場合は交通事故発生届)などの必要書類を労働基準監督署へ提出する必要があります。会社が自社の手続として第三者行為災害届を提出するわけではありません。
ただし、会社は労災給付の請求に必要な証明を行うなど、本人の手続に協力することがあります。
また、相手方にも過失がある場合、相手方の自賠責保険などから補償を受けられることがあります。ただし、同一の事由について労災保険給付と相手方からの損害賠償を重複して受けることはできず、労災保険給付が先に行われた場合には国が相手方やその保険会社に求償し、相手方からの賠償が先に行われた場合には、労災保険給付から控除するなどの調整が行われます。
このように、加害者側であっても相手方に過失がある事故では、「自分のけがについて受ける労災給付」「相手方から受ける損害賠償」「自分が相手方に支払う損害賠償」を分けて整理しながら手続を進めることが重要です。
第5章 通勤途中の加害事故で判断に迷ったら弁護士へ相談を
通勤途中の交通事故で自分が加害者側になった場合、「自分が事故を起こしたのだから労災について相談するのは気が引ける」と考える方もいらっしゃるかもしれません。
また、事故直後は、警察や保険会社への対応、会社への報告、治療などが重なり、自分で各制度の関係まで整理することは容易ではありません。
そのため、労災を利用できるか判断に迷う場合や、相手方への賠償、保険会社との対応まで含めて整理したい場合には、早めに弁護士へ相談することも検討しましょう。
Nexill&Partners那珂川オフィスでは、交通事故と労災の双方を踏まえ、事故の状況に応じて必要な対応を整理します。通勤途中に事故を起こして自分もけがをしたものの、労災を利用できるのか分からない場合や、相手方・保険会社との対応を含めて相談したい場合には、お気軽にお問い合わせください。
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