弁護士コラム

2026.08.04

個人で賃貸マンション経営を始める前に知っておきたい法的注意点|契約書チェックと弁護士相談のポイント


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個人で賃貸マンション経営を始める前に知っておきたい法的注意点|契約書チェックと弁護士相談のポイント

 

個人でマンションを賃貸に出す場合、賃貸借契約、管理委託契約、サブリース契約、保証契約など、複数の契約が発生します。これらの契約内容を十分に確認しないまま賃貸経営を始めると、入居者や管理会社、サブリース会社との間で想定外のトラブルになることがあります。
本記事では、個人オーナーが賃貸マンション経営を行う際に確認すべき契約書上の注意点と、弁護士に相談すべき場面について解説します。

第1章 個人のマンション賃貸経営でも、契約上の責任はオーナーに残る

1-1 管理会社に任せていても、貸主はオーナーである

個人でマンション賃貸経営を始める場合、入居者募集や家賃回収、修繕手配などを管理会社に任せることがあります。
しかし、管理委託の場合、入居者との関係で貸主となるのは基本的に物件のオーナーです。管理会社は、オーナーから依頼を受けて管理業務を行う立場にすぎません。
そのため、家賃滞納、設備故障、入居者からの苦情、退去時の精算などでトラブルが起きた場合、すべてを管理会社任せにできるとは限りません。
個人事業として賃貸マンション経営を行う場合には、まず自分自身が貸主として契約上の責任を負う立場にあることを理解しておく必要があります。

1-2 管理会社にどこまで頼めるかは管理委託契約書で決まる

管理会社に任せていると、「滞納があれば督促してくれるはず」「入居者トラブルがあれば対応してくれるはず」と考えるかもしれません。
しかし、管理会社がどこまで対応する義務を負うかは、基本的には管理委託契約書の内容によって決まります。そのため、家賃滞納時の督促、修繕に関する判断、オーナーへの報告、退去時の敷金精算などが、契約上、どこまで業務範囲に含まれているかを把握しておく必要があります。

1-3 ひな形の契約書をそのまま使うと、後から困ることがある

賃貸借契約書や管理委託契約書、サブリース契約書は、不動産会社や管理会社が用意したひな形を使うことがあります。ひな形を使うこと自体が問題というわけではありません。
しかし、契約書の内容が、その物件の状況やオーナーの方針に合っているかどうかは確認が必要です。
たとえば、将来的に物件を売却したい、自己使用したい、建替えを検討したいという事情がある場合には、契約内容をそれらの事情にあわせて定めておかないと、後から退去をお願いしたい場面で思うように進まなくなる可能性もあります。
契約書を締結する前に、契約内容が自分の方針に合っているかを確認しておくことは賃貸マンション経営の前提といえます。

第2章 入居者との賃貸借契約で後から困らないための確認ポイント

2-1 普通借家契約か定期借家契約かを確認する

入居者との賃貸借契約では、まず普通借家契約にするのか、定期借家契約にするのかを確認する必要があります。
普通借家契約は、借主保護の要請が強い契約です。契約期間が満了しても、貸主側が当然に更新を拒絶したり、解約を申し入れたりできるわけではありません。
一方、定期借家契約は、あらかじめ決めた契約期間が満了すると終了する契約です。ただし、契約締結時の説明や期間満了前の通知など、手続面に注意が必要です。
将来的に物件の売却や建て替えを考えている場合には、この普通借家契約と定期借家契約の違いが、後の物件運用に影響することがあります。

2-2 家賃滞納があっても、すぐに退去させられるわけではない

マンション賃貸経営で多いトラブルの一つが、家賃滞納です。
家賃が支払われず、家賃滞納があっても、直ちに鍵を交換したり、室内の荷物を処分したりして、強制的に退去させることはできません。
実際に契約を終了できるかは、滞納がどの程度続いているのか、これまで支払いの遅れが繰り返されていないか、督促に対して入居者がどのように対応しているかなど踏まえて、判断する必要があります。
賃貸借契約書には家賃の支払日を明記した上で、遅れた場合の遅延損害金の計算方法を具体的に示し、督促を行っても支払いが行われなかった場合の契約解除の流れまで、具体的に明記しておくことが重要です。

2-3 連帯保証人・保証会社がどこまで負担するかを確認する

家賃滞納や退去時の費用未払いに備えて、連帯保証人や保証会社を利用することがあります。しかし、実際にどの程度負担してもらえるかは契約内容によって異なります。
個人の連帯保証人を付ける場合は、保証人が負担する上限額である極度額を契約書に定めておく必要があります。
一方、保証会社を利用する場合は、保証される範囲の確認が重要です。未払い家賃の立替えだけでなく、退去時の原状回復費用や、トラブル時の明渡し費用まで対象に含まれているかを確認しておきましょう。

2-4 無断転貸・民泊・ペット飼育などの禁止事項を具体的に定める

入居後の部屋の使い方をめぐって、オーナーと入居者の間でトラブルになることがあります。
たとえば、無断で第三者に部屋を貸している、民泊として使っている、ペット不可の物件でペットを飼っている、騒音や迷惑行為を繰り返しているといったケースです。
このような行為について、契約書で明確に禁止していなければ、問題が起きたときに契約違反を主張しにくくなることがあります。
賃貸借契約書では、禁止する行為をできるだけ具体的に定めておくことが大切です。
あわせて、違反があった場合に注意や是正を求めることができるのか、改善されない場合に契約解除や損害賠償請求につなげられるのかも明記しておく必要があります。

2-5 原状回復と敷金精算は、退去時ではなく契約時に整理する

退去時に特にトラブルになりやすいのが、原状回復費用と敷金精算です。
原状回復とは、退去時に部屋を一定の状態に戻すことをいいます。ただし、通常の生活で生じる汚れや劣化まで、すべて入居者の負担にできるわけではありません。
たとえば、日焼けによるクロスの変色や、通常使用による設備の経年劣化などは、貸主側の負担と考えられることがあります。一方、入居者の不注意で壁に穴を開けた場合などは、入居者負担が問題になります。
契約書では、どのような費用を入居者負担とするのか、敷金から何を差し引くのかを明確にしておく必要があります。

第3章 管理会社との管理委託契約で確認するべきポイント

3-1 管理会社の業務範囲が明確になっているか

管理会社の担当業務は、空室時の入居者募集や内見対応に始まり、入居中の家賃回収や滞納督促、入居者からのクレーム対応、また物件自体の修繕対応など、場面に応じて幅広く発生します。
しかし、これらがすべて当然に管理会社の業務に含まれるわけではなく、どこまで対応してもらえるかは管理委託契約書の内容に基づいて判断されます。
そのため、管理会社に担当してほしい業務や範囲については、あらかじめ契約書で明確にしておくことが重要です。

3-2 滞納対応や入居者対応の報告ルールは明確になっているか

家賃回収や入居者対応を管理会社に任せる場合、滞納や苦情が発生したときの報告ルールも管理委託契約書で確認しておく必要があります。
たとえば、家賃の支払いが遅れた場合に、管理会社がいつ入居者へ督促するのか、何日以上の滞納でオーナーへ報告するのかが曖昧だと、対応が遅れてしまうことがあります。
また、設備故障や騒音などの苦情についても、管理会社が受けた連絡内容や対応経過が共有されていないと、後からオーナーが状況を把握しにくくなります。
滞納、苦情、修繕依頼などについては、「適宜報告する」といった曖昧な定めではなく、どのような場合に、いつ、どの方法でオーナーへ報告するのかを明確にしておくことが大切です。

3-3 修繕費用の事前承認の基準を定めているか

賃貸マンション経営では、エアコンや給湯器の故障、水漏れなど、急な修繕が発生することがあります。
このとき、管理会社がオーナーの承諾なく修繕を手配できるのか、いくら以上の修繕は事前承認が必要なのかを明確にしておく必要があります。
少額の修繕であれば管理会社が迅速に対応した方がよい場合もあります。一方で、高額な工事まで事前確認なしに発注されると、オーナーが想定していない費用負担を求められる可能性があります。

3-4 管理委託契約の解約や引継ぎルールが明確になっているか

管理会社の対応に不満がある場合、別の管理会社へ変更したいと考えることがあります。
しかし、管理委託契約には解約予告期間や違約金が定められていることがあります。
また、管理会社を変更する際には、入居者情報、賃貸借契約書、鍵、敷金や預り金、修繕履歴、滞納状況などの引継ぎも必要です。
これらの引継ぎが不十分だと、新しい管理会社が入居者対応を始められず、オーナーや入居者に不利益が生じることがあるためです。
管理委託契約を締結する段階で、こうした解約時のルールや引継ぎ方法も確認しておく必要があります。

第4章 サブリース契約・一括借上げを利用する場合の注意点

4-1 家賃保証と説明されても同じ賃料が続くとは限らない

個人でマンション賃貸経営を行う場合、サブリース契約・一括借上げを提案されることがあります。
サブリース契約は一括借上げ契約とも呼ばれますが、オーナーがサブリース会社に物件を貸し、サブリース会社が入居者へ転貸する仕組みです。空室があっても一定の賃料が入るように見えるため、収入が安定すると考えて契約を検討する方もいるでしょう。
しかし、家賃保証は「当初の賃料が将来も必ず続く」という意味ではありません。契約書には、一定期間ごとの賃料見直しや、賃料減額に関する条項が入っていることがあり、途中でオーナーに入る賃料が下がる可能性もあります。

4-2 賃料改定・免責期間・修繕費負担が収支に影響する

サブリース契約では、オーナーに支払われる賃料の金額や見直しのタイミングが重要です。
契約当初の賃料だけを見るのではなく、何年ごとに賃料が見直されるのか、サブリース会社から減額を求められる場合があるのかを確認しておく必要があります。
また、契約開始直後や入居者退去後の一定期間について、賃料が支払われない免責期間が定められていることもあります。
修繕費用の負担も確認が必要です。建物や設備の修繕費を誰が負担するのか、大規模修繕が必要になった場合にオーナーがどこまで費用を負担するのかを把握しておかないと、想定外の支出が発生することがあります。

4-3 売却や自己使用をしたくても契約を終了しにくい場合がある

サブリース契約では、オーナーが物件を売却したい、自己使用したい、別の管理方法に変えたいと思っても、簡単に契約を終了できない場合があります。
契約書に中途解約の条項があるか、解約する場合に何か月前までに通知が必要か、違約金が発生するかなどを確認しておく必要があります。
また、サブリース会社が入居者に転貸している場合、オーナーとサブリース会社との契約が終了しても、入居者との関係がすぐに整理できるとは限りません。
そのため、サブリース契約を締結する際は、賃料条件だけでなく、契約を終了する場合の条件や、入居者関係の引継ぎまで確認しておくことが大切です。

4-4 契約終了後は入居者情報や敷金の引継ぎが問題になりやすい

サブリース契約が終了する場合、実際に住んでいる入居者との関係をどう引き継ぐかが問題になります。
入居者の契約内容、毎月の家賃、更新時期、滞納の有無、敷金の預かり状況といった情報が整理されていないと、サブリース契約終了後にオーナー自身で管理を行うことが難しくなります。
サブリース会社が入居者との契約書や連絡先を管理している場合、契約終了時にどの資料を引き渡してもらえるのかを、あらかじめ確認しておく必要があります。

第5章 弁護士に相談すべきタイミングと相談内容

5-1 契約前に相談すると、将来の売却・退去・管理変更を見据えた契約書にしやすい

弁護士への相談というと、すでにトラブルが起きてから依頼するものと思われがちです。
しかし、賃貸マンション経営では、契約を結ぶ前に相談することで、後から大きな問題になる可能性を下げられる場合があります。
契約前のリーガルチェックは、単に契約書の言葉を整える作業ではありません。
オーナーが将来どのように物件を運用したいのかを踏まえ、契約書がその方針に合っているかを確認する作業です。

5-2 滞納や原状回復トラブルでは、初動対応を誤らないことが重要になる

すでに家賃滞納や原状回復費用のトラブルが起きている場合も、早めに弁護士へ相談することが大切です。
たとえ家賃滞納が続いても、オーナーの判断だけで入居者を強制的に退去させることはできません。また、原状回復費用についても、契約書や部屋の使用状況によって請求できる範囲は変わります。
弁護士に相談することで、希望する解決に向けてどの手順で進めるべきかを整理できます。
初動対応を誤らないことは、結果的に時間や費用の負担を抑えることにもつながります。

5-3 契約書ややり取りを整理して相談すると、対応方針を具体的に検討しやすい

弁護士に相談する際は、契約書ややり取りを整理しておくと、より具体的な検討がしやすくなります。
たとえば、次のような資料があると状況を把握しやすくなります。

・賃貸借契約書
・管理委託契約書
・サブリース契約書
・保証会社に関する資料
・入居者や管理会社とのやり取りの履歴
・家賃の入金状況が分かる資料
・修繕見積書、請求書、写真 など

すべての資料がそろっていなくても構いません。
まずは手元にある資料と困っている内容を整理することから始めるとよいでしょう。

私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)那珂川オフィスでは、入居者や管理会社とのトラブル対応についてご相談いただけます。
これから個人事業として賃貸マンション経営を始める方、すでに契約書を提示されていて内容に不安がある方、管理会社や入居者との対応に悩んでいる方は、まずはご相談ください。

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2026.07.13

【オーナー向け】原状回復はどこまで請求できる?賃貸契約書で定めておくべき特約のポイントを弁護士が解説


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【オーナー向け】原状回復はどこまで請求できる?賃貸契約書で定めておくべき特約のポイントを弁護士が解説

 

賃貸物件の不動産オーナーをしていると、退去時に、壁紙の汚れや床の傷、水回りの汚損などが見つかり、「この原状回復費用はどこまで入居者に請求できるのか」と対応に悩むことがあります。原状回復費用を請求できるかは、賃貸借契約書にどのような特約があるか、傷や汚れの原因が入居者の故意・過失によるものかなどによって判断が変わります。
本記事では、すでに締結している賃貸借契約でどこまで請求できるのか、次回以降の契約書作成時に定めておくべき原状回復特約の要点を弁護士が解説します。

第1章 現状の賃貸契約書で原状回復費用はどこまで請求できるか

賃貸借契約書に原状回復特約がある場合でも、特約の内容が常にそのまま有効になるわけではありません。反対に、明確な特約がない場合でも、入居者の故意・過失や善管注意義務違反による損傷であれば、費用請求が認められる余地があります。

1-1 今の契約書の「原状回復特約」はどこまで有効か?

退去時のトラブルを防ぐために、賃貸借契約書には「特約」がよく使われます。例えば「退去時のルームクリーニング代は借主の負担とする」といった内容です。
では、いま手元にある契約書に書かれている特約は、実務上、およそどこまで法的に認められるのでしょうか。

実務では、契約書に具体的な金額や負担対象(例:ハウスクリーニング費用として一律〇万円を負担する、など)が明記されていることが重要です。金額が書かれていない場合は、負担対象が明確であり、その内容について、契約時に入居者が理解して合意したことが客観的に説明できることがポイントになります。

1-2 特約が弱くても故意や過失による傷みは請求できる可能性がある

明確な原状回復特約が明示されていないなど、特約の記載内容が不十分な場合も、入居者の故意・過失、または、社会通念上で一般的に求められる当然の注意や配慮(善管注意義務)を怠ったことによって発生した汚損・破損については、修繕費用を請求できる可能性があります。
たとえば、物をぶつけてできた壁の穴、通常の使用を超える床の傷、清掃を怠ったことによる著しい油汚れ、結露を放置したことによるカビなどは、通常損耗ではなく、入居者の使用方法や管理状況に起因する損傷として問題になり得ます。

1-3 国交省ガイドラインを主張された場合、全額あきらめなければならないか

退去費用の精算のとき、クロスの貼り換えなどについて、入居者から「国のガイドラインでは大家さんの負担のはずだ」と主張されることがあります。ここでいうガイドラインとは国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」のことです。
たしかに、ガイドラインは原状回復費用の負担を考えるうえで重要な資料ですが、法律そのものではありません。
実際の負担は、賃貸借契約書の内容や、当該の傷や汚れが生じた原因、通常損耗や経年劣化との区別、補修の必要性などを踏まえて判断されます。

第2章 なぜ不動産管理会社は原状回復費用を強く請求してくれないのか

オーナーから見ると、退去後の汚れや傷みについて、不動産管理会社が入居者に強く請求してくれないと感じることがあります。しかし、管理会社が慎重になる背景には、管理会社の業務範囲や法律上の制約といった事情があります。

2-1 管理会社が回収に消極的になる理由

不動産管理会社が原状回復の請求に積極的に動きにくい理由として、費用回収が管理会社の本来業務とは性質を異にする面があることがあげられます。
管理会社の主な業務は、物件の維持管理、入居者対応、退去精算、入居者募集などです。原状回復費用をめぐる争いが長期化すると、次の募集や入居開始に影響が出る可能性があり、慎重な対応をとることが考えられます。

2-2 管理会社は法的トラブルの専門家ではない

管理会社が深く踏み込めない理由には、法律上の問題も関係しています。日本の法律では、弁護士ではない人が、報酬を得る目的で、業として他人の法律事件について交渉などを行うことを非弁行為として禁止しています。
そのため、管理会社としての対応範囲を超えて具体的な交渉や法的な費用回収に踏み込むことには限界があります。

原状回復トラブルは弁護士への相談を検討する

そのため、原状回復費用をめぐる問題で入居者が支払いを明確に拒否している場合、敷金を超える追加請求を検討する場合、損傷の原因や特約の有効性について法的な判断が必要になる場合には、管理会社だけで対応することは難しくなります。
請求できる見通しや証拠の整理について検討したい場合は、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。

第3章 賃貸契約書に入れておきたい原状回復特約

退去時の原状回復トラブルをあらかじめ防ぐには、賃貸借契約書の見直しが重要といえます。実務上、賃貸借契約書は不動産管理会社が用意している標準書式や、以前から使っているものを使いまわす場合も少なくありません。ひな形を使うこと自体が悪いわけではありませんが、物件の状態や入居者層にあわせて設計されていなければ、本来守りたい部分が反映されない可能性があります。

3-1 退去時の清掃費でもめないために定額クリーニング特約を明記する

退去時のハウスクリーニング費用は、入居者から「普通に住んでいただけなのに、なぜ負担するのか」と争われやすい項目です。
そのため、賃貸借契約書には「清掃費用は借主負担」などと抽象的に書くのではなく、「退去時の室内清掃費用として〇万円」「エアコン内部洗浄費用として1台あたり〇円」など、対象項目と金額を具体的に記載しておくことが重要です。
金額や作業範囲が明確であれば、不動産会社も入居者に説明しやすく、退去時の精算も進めやすくなります。

3-2 壁紙や床の張り替え範囲でもめないよう補修範囲の考え方を契約書に入れておく

壁紙や床の損傷をめぐっては、退去時に「一部分だけ直せばよいのか」「壁一面や床一面の張り替えまで借主に請求できるのか」が争いになることがあります。
そのため、賃貸借契約書を作成する際には、借主の故意・過失による損傷がある場合に、どの範囲の補修費用を借主負担とするのかをあらかじめ整理しておくことが重要です。

ただし、「小さな傷でも部屋全体を張り替える」といった広すぎる特約は、過度な負担として認められない可能性があります。
契約書では、損傷箇所を含む合理的な施工単位で補修すること、部分補修では色合わせや仕上がりに支障がある場合には壁一面や床一面を単位とすることがある、という形で定めておくと、退去時にも説明しやすくなります。

3-3 クロスの耐用年数を理由に全額拒否されないよう実費の扱いを定めておく

クロスの張り替えでは、入居者から「クロスは6年で価値がなくなるので、貼り換え費用は払わない」と主張されることがあります。
これは、国土交通省のガイドラインで、クロスなどの内装材について、年数が経つほど価値が下がっていくという考え方が示されているためです。たとえば、長期間入居していた場合、クロスそのものの価値は大きく下がっていると判断されることがあります。

もっとも、クロスの価値が下がっていることと、損傷の修繕にかかる費用を一切請求できないことは同じではありません。入居者の故意・過失による損傷がある場合には、クロスの下にあるボードの補修費、人件費、廃材処分費などが別途問題になります。
そのため、契約書では、借主の故意・過失による損傷の修繕に必要な下地補修費、施工費、処分費などの合理的な実費を借主負担とする旨を定めておくことが有用です。

ただし、「経過年数に関係なくすべて全額請求できる」といった定め方をすると、入居者に過度な負担を課す条項として有効性を争われるリスクがあります。
契約書に記載する際は、借主の故意・過失による損傷との関係があること、修繕に必要な範囲であること、金額が相当であることを前提に、客観的に説明しやすい内容にしておくことが重要です。

第4章 物件の種類に合わせて原状回復特約を調整する

単身者向け物件、ファミリー向け物件、ペット可物件など、物件の特徴によって室内の使われ方や発生しやすい汚損は異なります。賃貸借契約書を作成する際には、こうした物件の特徴や入居者層に合わせて、必要な特約を調整しておくことも大切です。

4-1 単身者向け物件では短期退去と清掃費の持ち出しを防ぐ条項を入れる

ワンルームなどの単身者向け物件では、入居期間が短くなりやすく、退去のたびに清掃費用、修繕費用、次の募集費用が発生します。
そのため、定額クリーニング特約を設けるだけでなく、短期解約違約金の条項を検討することがあります。たとえば、「契約開始日から1年未満で解約する場合には、短期解約違約金として賃料1か月分を支払う」といった内容です。
これにより、短期間で退去された場合のオーナー側の持ち出しを一定程度抑えることができます。

4-2 ファミリー向けやペット可物件では日常の管理義務を具体的に書く

ファミリー向け物件やペット可物件では、単身者向け物件とは異なる損耗リスクがあります。たとえば、子どもの落書きやシール跡、複数人での生活により、ドアや建具への傷、水回りのカビや汚れなども生じやすくなる傾向があります。
ペット可物件では、ペットによる壁や床の傷、臭気、排泄物による汚損などが想定されます。

このようなトラブルは、退去時になってから通常損耗か借主負担かを判断しようとすると、争いになりやすい部分です。そのため、賃貸借契約書に、日常的に注意してほしい内容を具体的に定めておくことが重要です。

たとえば、家具の移動や大型家具の設置によって床を傷つけないよう保護材を使用すること、壁を汚した場合は原状回復の対象となること、ペット飼育時には臭気や汚損を防ぐために必要な清掃を行うことなどを明記します。
また、ペット飼育に伴う汚損や臭気除去、修繕に必要な合理的な実費については、敷金から控除できる旨を定めることも検討されます。

特約は第三者にも説明しやすい内容に整理することが重要

ただし、特約はオーナーに有利に書けばよいというものではありません。借主に過度な負担を求める内容は争われる可能性があるため、物件の実情に照らして、第三者にも説明できる合理的な内容にしておくことが大切です。

第5章 契約書に書いた内容を退去時に使えるよう証拠を残す

原状回復特約は、契約書に書いてあるだけでは十分とはいえません。退去時に入居者から「そのような説明は受けていない」「この傷は入居時からあった」と言われた場合、オーナー側がどのような記録を残しているかによって、請求のしやすさが変わります。

5-1 契約時に署名やチェックで確認した記録を残す

賃貸契約書において特約の記載を整えたとしても、退去時に入居者から「そんな細かい内容までは聞いていない」と主張されることがあります。
そこで、原状回復特約の近くに、借主が内容を確認したことを示す署名欄、チェック欄などを設けておく方法が考えられます。
例えば、「退去時の室内清掃費用として金〇万円を借主が負担することを確認しました」といった確認欄を設けておけば、後から合意の有無を確認しやすくなります。

5-2 入居時の傷は写真で残す運用を決めておく

原状回復でよく問題になるのが、退去時に「この傷は入居時からあった」と主張されるケースです。
このような争いを防ぐためには、入居時の室内状況を写真で残しておくことが有効です。管理会社が写真を撮影する方法のほか、入居者自身にスマートフォンで気になる傷や汚れを撮影してもらい、入居後数日以内に指定のメールアドレスや管理アプリへ送ってもらう方法もあります。

第6章 まとめ

近年は、入居者側もインターネットや生成AIを使って情報を調べることが増えています。そのため、退去時に「国交省のガイドラインでは貸主負担のはずだ」「クロスは6年で価値がないはずだ」といった主張が出され、原状回復費用をめぐるトラブルに発展することも少なくありません。
トラブルになった場合に、主張の根拠となるのが賃貸借契約書です。もっとも、賃貸借契約書は不動産会社のひな形や過去の契約書をもとに作成されることも多く、オーナーが細かな特約の内容まで十分に確認できていないこともあります。

だからこそ、次の募集や契約更新のタイミングでは、現在の契約書がご自身の物件の状態や入居者層に合っているか、原状回復費用を請求したい場面で根拠として使える内容になっているかを、一度確認しておくことが大切です。
現在使用している契約書に少しでも不安がある場合は、私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)那珂川オフィスまでお気軽にご相談ください。賃貸借契約書をご持参いただければ、原状回復特約の内容や、退去時にトラブルになりやすい部分を弁護士が確認いたします。

那珂川オフィスが不動産オーナー様向けにサポートできること。

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正当な事由はある?入居者の退去交渉が進まない場合の弁護士への相談のポイント


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正当な事由はある?入居者の退去交渉が進まない場合の弁護士への相談のポイント

 

賃貸物件の経営では、家賃滞納や近隣トラブルなど入居者側の問題だけでなく、建物の建て替えや売却といった貸主側の事情により、入居者に退去を求めたい場面があります。しかし、建物賃貸借では借主の権利が強く保護されており、貸主の意向だけで明渡を求めることは容易ではありません。本コラムでは、入居者に明渡を求める場合の法律上の考え方、管理会社に対応を求められる範囲、弁護士へ相談する際のポイントを整理します。

第1章 入居者の明渡が簡単には認められない理由

1-1 借地借家法が定める借主の保護

自己が所有するアパートやマンション、戸建て住宅であっても、賃貸借契約を締結して他者に貸し出した場合、貸主の都合だけで自由に入居者を退去させることはできません。建物の賃貸借においては、借地借家法によって、借主の居住の安定が強く保護されているためです。

特に居住用物件では、借主にとってその部屋が生活の本拠であることが少なくありません。急に退去を求められると、次の住まいを探す必要があり、引越費用や新居の初期費用の発生、学校や勤務先などの生活環境に影響が出ることもあります。
そのため、普通建物賃貸借では、契約期間が満了したからといって当然に契約が終了するわけではなく、借主が継続して住み続けることを希望すれば、契約は原則として更新される仕組みになっています。

所有者が物件を売却したい、あるいは親族を住まわせたいといった事情が生じたとしても、それだけの理由で借主に対して一方的に退去を求めることは、法的な観点から認められにくいのが実情です。

1-2 更新拒絶や解約申入れには正当事由が必要になる

入居者に対して、貸主側から建物賃貸借契約の更新を拒絶したり、解約を申し入れたりする場合に重要になるのが、借地借家法に定められている、いわゆる正当事由です。
正当事由とは、簡単にいえば、契約を終了させて明渡を求めるにあたって、客観的に見て正当といえる理由のことです。

この正当事由があるかどうかは、主に以下の要素を総合的に考慮して判断されます。

・貸主と借主がそれぞれ建物を使用する必要性
・賃貸借契約に関するこれまでの経緯
・建物の利用状況
・建物の老朽化や修繕状況などの現況
・明渡と引き換えに立ち退き料などの財産上の給付を申し出ているか

実務上、特に重要になるのは、貸主側がその建物を使用する必要性と、借主側がその建物を使用し続ける必要性の比較です。
たとえば、老朽化が進み、安全面から建て替えの必要性が高い場合や、貸主自身または親族が住む必要性が具体的にある場合には、正当事由を基礎づける事情になり得ます。一方で、より高い賃料で貸したい、売却しやすくしたいといった事情だけでは、正当事由として不十分と判断される可能性があります。

第2章 なぜ不動産管理会社だけでは明渡対応が難しいのか

2-1 管理会社ができるのは督促や注意喚起などの任意対応まで

不動産管理会社は、家賃滞納や騒音トラブルが発生した場合に、入居者へ連絡を入れたり、注意文書を送ったりすることがあります。家賃滞納であれば、電話や書面で支払いを促す、保証会社に連絡するなどの対応、騒音やゴミ出しなどの生活トラブルであれば、注意文を投函したり、掲示をしたり、本人に改善を求めたりすることがあります。

しかし、管理会社の対応は、あくまで入居者に任意の対応を求めるものです。
入居者が電話に出ない、書面を無視する、督促に応じない、あるいは「退去するつもりはない」と明確に拒否している場合、管理会社にはそれ以上の手段がなく、対応できない状態になっていると考えられます。

2-2 法的紛争になると非弁行為の問題が生じる

家賃滞納が長期に及んでいる場合や入居者に明渡を求める段階になると、法的な紛争として整理する必要が出てきます。
入居者に対して賃貸借契約の解除を通告する、明渡を求めて交渉する、立ち退き料の金額を協議する、退去日や未払賃料の支払方法を定める合意書の内容を調整するといった対応は、法律上の権利義務に関わる行為です。

ここで問題になるのが、非弁行為です。非弁行為とは、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、法律事件について代理人として交渉したり、法律事務を業として取り扱ったりすることをいいます。管理会社が貸主の代理人として、契約解除や立ち退きに関する交渉を進めると、非弁行為の問題が生じる可能性があります。

そのため、管理会社から「これ以上の対応は難しい」と言われた場合には、管理会社として対応可能な業務の範囲を超えていると理解した方がよいかもしれません。
貸主としては、段階が変わったと捉え、明渡を求めるための法的な見通しについて、弁護士への相談を検討することが現実的な対策といえます。

第3章 入居者に明渡を求める際の法的な対応策

3-1 契約違反がある場合は信頼関係の破壊を理由に契約解除を求める

入居者側に重大な契約違反がある場合には、正当事由や立ち退き料の問題ではなく、賃貸借契約の解除を検討することになります。

賃貸借契約では、形式的な契約違反だけでなく、貸主と借主の間の信頼関係が著しく破壊されたといえるかが重要になります。
たとえば、次のような事情がある場合には、契約解除を検討できる可能性があります。

3ヶ月以上の家賃滞納

数日程度の遅れではなく、数ヶ月にわたって累積し、支払いの意思が見られない場合

無断転貸や用途違反

貸主に無断で第三者に部屋をまた貸ししたり、住居用契約であるにもかかわらず不特定多数が出入りする営業店舗として使用したりしている場合

深刻な近隣迷惑行為

昼夜を問わない騒音、ゴミの放置による悪臭や害虫の発生など、他の入居者の生活環境を著しく脅かし、改善要求にも応じない場合

ただし、これらに該当するような事情があっても、直ちに解除が認められるとは限りません。家賃滞納であれば、滞納期間や督促時の入居者の対応など、近隣トラブルであれば、具体的な苦情内容や注意後の改善状況など、貸主側として打てる対策を行ったにもかかわらず、入居者が応じなかったという客観的な事実を積み上げておく必要があります。

3-2 正当事由が弱い場合は立ち退き料の提示を検討する

一方で、入居者に家賃滞納や迷惑行為などの明確な契約違反があるとはいえず、建物の老朽化や売却、親族の居住など、貸主側の事情で退去を求めたい場合には、契約解除ではなく、更新拒絶や解約申入れを前提とした立ち退き交渉を検討することになります。
しかし、貸主側の事情だけで法律上の正当事由として認められる可能性は低いのが実情です。そこで、実務上、検討されるのが一般的に立ち退き料と呼ばれる金員の提供です。

立ち退き料は、借主が退去することによって発生する経済的負担や生活上の不利益を一定程度補うために、貸主が支払う金銭です。月額賃料の何か月分という形で語られることもありますが、実際には契約期間や貸主側の必要性、移転の難易度などが考慮され、決まった相場があるわけではありません。

また、立ち退き料を提示しても当然に退去を求められるというものではありません。
そのため、更新拒絶や解約申入れを前提とした立ち退き交渉では、法的な見通しと入居者との交渉上の現実性を踏まえた対策が重要になります。

第4章 明渡を求める際に貸主が避けるべき対応

どれほど入居者側に問題がある場合でも、交渉や裁判所の手続きを経ずに貸主が強制的に退去させる行為は原則として認められません。
たとえば、次のような行為は、明渡を求める方法として行うべきではありません。

・入居者の留守中に部屋の鍵を勝手に交換し、入れなくする
・電気、ガス、水道などのライフラインを独断で止める
・部屋の中にある家具や私物を、貸主の判断で搬出して処分する

また、上記まではしなくとも、入居者に対して過度な頻度で電話をかける、深夜や早朝に訪問する、玄関前で大声で退去を求める、部屋の前で長時間待ち続けるといった対応も、態様によっては脅迫的な言動や社会通念上相当性を欠く督促として、損害賠償請求などのトラブルにつながるおそれがあります。

さらに、本人が応じないからといって、連帯保証人ではない親族、勤務先などへ連絡し、本人への伝言を促すような行為も慎重に考えるべきです。関係のない第三者を巻き込む形になるため、入居者から不当な圧力を受けたと主張されるリスクがあるためです。

入居者に明渡を求める場面では、貸主側の不満が大きくなりやすく、強い対応を取りたくなることが少なくありません。しかし、自己判断で督促や退去要請を進めると、後に弁護士が介入した際の交渉や訴訟で不利に働いてしまうことがあります。一人で対応に悩むよりも、早めに弁護士など専門家に相談し、明渡に向けた具体的な対策の検討を始めることをおすすめします。

第5章 弁護士に明渡を相談する前に整理しておくこと

5-1 滞納や迷惑行為の経緯を時系列でまとめる

弁護士が法的な対策を判断する上で、いつ何が起きたのかという客観的事実が重要です。
家賃の滞納であれば、いつから未払いなのか、管理会社が何月何日にどのような方法で督促し、相手がどう返答したかなどを日付順のメモにまとめます。
騒音やゴミ放置などの迷惑行為であれば、被害のあった日時、苦情の回数、注意した履歴を記録します。
主観的な感情は交えず、事実関係のみを時間の流れに沿って記述しておくことで、弁護士は信頼関係の破壊が認められる段階にあるかを精査しやすくなります。

5-2 契約書や入金履歴などの資料を一式そろえる

相談時には、客観的な証拠書類となる関係書類を持参しましょう。
必ず準備すべき基本資料は以下の2点です。

・賃貸借契約書(契約日、解除条項、連帯保証人の記載などを確認するため)
・滞納額を証明する通帳のコピーや管理会社の家賃管理表

さらに、これまでに送付した催告書や、入居者とのメールやメッセージのやり取り、迷惑行為の録音・写真、近隣からの苦情申入書なども証拠になり得ます。
これらの資料があることで、契約違反を理由とする解除による明渡を目指せるか、任意退去を促すために解決金の提示を検討すべきかといった法的対策の選択肢を導き出しやすくなります。

5-3 交渉・訴訟・強制執行を見据えて自身の優先順位を整理する

明渡の進め方としては、主に、弁護士名義の書面による「任意交渉」、裁判を起こす「明渡訴訟」、最終手段である「強制執行」という段階があります。
たとえば、費用がかかってもいいから一刻も早く退去させたい(スピード重視)のか、時間はかかっても滞納家賃を全額回収したい(経済性重視)のか、ご自身の優先順位を固めておくことも重要です。
これにより、弁護士も任意交渉をどこまで行うか、早期に訴訟へ移行すべきか、強制執行まで見据えるべきかを判断しやすくなります。

第6章 大切な資産の安定運用のために

不動産管理会社による対応範囲を超えてしまった入居者の明渡問題は、単なる管理の領域ではなく、法的な見通しを踏まえて対応すべき段階に入っているといえます。日本の法律において借主の権利が強く保護されていることや、正当事由の立証が複雑であることなどを理解しないまま独断で動くことは、予期せぬリスクを背負うことにもなりかねません。

専門的な対応が必要な場合は、私たちNexill&Partners(ネクシル&パートナーズ)那珂川オフィスへお気軽にご相談ください。賃貸不動産という価値ある資産を安定的に運用していくために、まずは現在の状況をお聞かせください。

 

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2026.06.22

賃貸物件を取得した新オーナーが確認すべき契約書と手続き|入居者がいる場合・いない場合を弁護士が解説


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賃貸物件を取得した新オーナーが確認すべき契約書と手続き|入居者がいる場合・いない場合を弁護士が解説

 

賃貸物件を購入したり、相続で収益不動産を引き継いだりした場合、前オーナーが結んだ賃貸借契約を引き継ぐか、契約書を作り直す必要があるのかといった実務上の疑問が生じがちです。本記事では、オーナー変更時の契約書の扱いと実務上の注意点を弁護士が解説します。

第1章 オーナー変更の基本|賃貸人の地位承継と登記の重要性

1-1. 賃貸人の地位は新オーナーに自動的に引き継がれる

売買によって賃貸物件を取得した場合や、相続によって賃貸物件を承継した場合、貸主としての権利や義務は、原則として新しい所有者や相続人に引き継がれます。実務上は、これを賃貸人の地位承継と整理します。
このような地位承継は、通常、賃借人(入居者)の同意を得なくても生じます。そのため、前オーナーと入居者の間で結ばれていた賃貸借契約の内容(賃料の額、契約期間、更新の条件など)は、そのまま新オーナーとの間でも維持されることになります。

1-2. 所有権移転登記は、賃貸経営上も重要になる

法律上は自動的に地位が引き継がれるものの、新オーナーが所有者としての権利を公的に主張するためには、所有権移転登記を完了させておく必要があります。
未登記の状態では、入居者に対して自分が新しい貸主であることを主張し、今後は自分に家賃を支払うよう求める場面で、支払先を争われる可能性があるためです。もし入居者から、登記簿謄本などの客観的な証明がないことを理由に賃料の支払いを拒否された場合も、それに対抗することがむずかしくなります。

特に、相続によって物件を引き継いだオーナーの場合、遺産分割協議が長引くなどの理由で相続登記が後回しになるケースが見られます。しかし、2024年4月からは相続登記が法律上義務化され、不動産を相続で取得したことを知った日から一定期間内に申請する必要があります。

入居者との権利関係を明確にし、賃料の回収を円滑に行うためにも、売買・相続を問わず、不動産の取得後は速やかに登記手続きを進めることが重要です。

第2章 入居者がいる場合|既存契約の確認と書面対応

すでに入居者が居住している物件を取得した場合、前オーナーから引き継いだ契約関係を実務上どのように整理すべきか、具体的な手続きと注意点を解説します。

2-1. 現行の賃貸借契約書を当然に作り直す必要はない

新オーナーになってまず気になるのが、取得した物件の入居者全員と賃貸借契約書を結び直さなければならないのか、という問題ではないでしょうか。
結論からいうと、法律上の義務としては、当然に契約書を作り直す必要はありません。

前述の通り、従前の契約内容がそのまま新オーナーに引き継がれるため、旧契約書のままでも法的な効力は維持されます。
しかし、実務においては、契約書そのものは作り直さなくても、新オーナーの連絡先や新しい賃料の振込口座などを明確にした覚書(または変更合意書)を交わすことが推奨されます。
これにより、新しい貸主の情報を書面で残すことができ、将来、連絡先や支払先をめぐる認識の違いを防ぎやすくなります。

2-2. オーナー変更通知書では、支払先と連絡窓口を明確にする

新オーナーへの変更に伴い、入居者に対して「賃貸人変更通知書」(オーナー変更通知書)を送付します。この通知は、一般的に前オーナーと新オーナーの連名で行うなど、入居者がオーナー変更の事実を確認しやすい形で行うのが実務上安全です。
新オーナー単独の名義で通知を送った場合、入居者が本当にオーナーが変わったのか判断が付かず、疑念を抱き、支払いを躊躇する原因になり得るためです。

また、通知が届くまでの過渡期に、入居者が従来の口座(前オーナーの口座)に家賃を振り込んでしまうケースがあります。
法律上、適切な変更通知が届く前に入居者が前オーナーに家賃を支払ってしまった場合、新オーナーが入居者に対して、再度の支払いを求められるかが問題になることがあります。
そのため、前オーナーとの売買決済時や引き継ぎ時に、通知の発送タイミングと賃料の切り替え時期を日割り計算等で厳密に取り決めておくことが重要となります。

2-3. 敷金は原則として、新オーナーが返還義務を負う

入居者が前オーナーに預けていた敷金に関する返還義務は、物件の所有権移転に伴い、原則として新オーナーに自動的に引き継がれます。

将来、その入居者が退去する際、新オーナーは入居者から直接敷金を預かっていない状態であっても、敷金の返還(原状回復費用等を差し引いた残額の返還)を行わなければなりません。そのため、物件の売買決済の段階で、前オーナーが預かっていた敷金の総額を確認し、売買代金からその金額を差し引く形で精算を行っておくことが必要です。

2-4. 前オーナー時代の滞納賃料は別途整理が必要になる

一方で、前オーナーの所有期間中に発生していた入居者の滞納家賃(未収賃料)を請求する権利は、物件の所有権が移転しても、新オーナーに自動的には引き継がれません。過去の滞納家賃は、あくまで前オーナーと入居者の間の債権債務関係として残るためです。

もし新オーナーが、過去の滞納分も含めて未払い家賃を回収したい場合は、前オーナーとの間で「債権譲渡契約」を個別に結ぶ必要があります。また、滞納状態を理由に入居者に対して契約解除や明渡しを求める場合は、滞納の経緯、催告の有無、現在の支払状況なども含めて別途検討する必要があります。

第3章 入居者がいない場合|新規契約書作成と将来のリスク管理

取得した物件が現在空室である、あるいは新築アパートを建築してこれから新たに賃借人を募集する場合、新オーナーは白紙の状態から賃貸借契約書を作成することができます。
一般的な雛形をそのまま使用するケースもありますが、将来的な管理・明渡し実務に備えるためには、物件の状況を踏まえて条項を確認し、必要に応じて内容を調整することが推奨されます。

3-1. 原状回復特約を法的に有効にするには

退去時の原状回復費用をめぐるトラブルは、賃貸経営において多い紛争の一つです。

国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、経年劣化や通常損耗(普通に暮らしていて発生する汚れや傷)の修繕費用は、貸主負担が原則とされています。
居住用賃貸借で借主が消費者にあたる場合、特約によってハウスクリーニング費用など特段の清掃費用を借主負担とすることは法律上可能ですが、単に「退去時の清掃費用は借主の負担とする」と明記しただけでは、内容が曖昧であるとして消費者契約法との関係で、無効と判断されるリスクがあります。

特約を法的に有効に機能させるためには、少なくとも以下のような点を意識する必要があります。

• 特約によって借主負担とする通常損耗の具体的な範囲(例:畳の表替え、ハウスクリーニング費用など)が契約書に明記されていること
• 金額または算定根拠(例:㎡単価や一律○万円など)が具体的に示されていること
• 契約締結時に、貸主から借主に対してその特約の内容について十分な説明がなされ、借主がそれを認識して合意していること

契約書作成時には、これらの条件を満たす具体的な文言を盛り込む必要があります。

3-2. 実務上、契約書に記載しても認められにくい家賃滞納の対応策

日本の賃貸借法務においては、判例上、貸主と借主の信頼関係破壊の原則が重視されやすい傾向があります。たとえ契約書に「家賃を1ヶ月でも滞納した場合は、貸主は何らの催告を要せず直ちに契約を解除できる」といった無催告解除条項を記載していたとしても、数日間の支払遅延や1ヶ月程度の滞納では、貸主と借主の間の信頼関係が根本的に破壊されたとはみなされず、直ちに解除を主張しても、裁判で認められない可能性が高いといえます。

実務上、契約解除の有効性を主張しやすくするためには、一定期間の滞納があり、かつ相当期間を定めて催告したにもかかわらず支払われないという経緯を整理しておく必要があります。
契約書には、催告の手順や期間を合理的に定め、紛争時に説明しやすくしておくことが現実的な対策といえます。

3-3. 残置物処理および孤独死に関する対応

高齢者世帯の増加に伴い、入居者が室内で孤独死されたり、認知症等で施設に入所したまま連絡が取れなくなったりするリスクが高まっています。
入居者と連絡が取れなくなったからといって、貸主が室内に残された家具や荷物(残置物)を無断で処分することは、不法行為として入居者やその相続人から損害賠償を請求される原因にもなり得ます。

この問題に対応するには、入居者が死亡した場合に備えて、賃貸借契約の解除や残置物処理に関する死後事務委任契約等をあらかじめ締結しておく方法があります。賃貸借契約書には、そのような委任契約の締結を前提とした特約を盛り込むことが考えられます。
将来的な明渡しや賃貸スペースの早期再稼働を可能にするため、こうした契約を併せて検討することが推奨されます。

第4章 前オーナーとの間で確認・回収すべき重要書類

物件まわりのトラブルは、前オーナーからの引き継ぎ不足が原因で発生することも少なくありません。
物件の引渡しを受ける際、新オーナーが法的な権利を守るために確認・回収すべき書類は以下の通りです。

書類名 確認・回収の目的と法的な重要性
現行の賃貸借契約書(原本) 特約の有無、更新料の定め、契約期間などを正確に把握するため。原本の確保が基本です。
入居申込書・本人確認書類 入居者の属性や連絡先、緊急連絡先の情報を把握するため。
連帯保証人の同意書・印鑑証明書 賃料滞納時に保証人へ法的な請求を行うための証拠能力を確保するため。
過去の変更合意書や覚書 前オーナーと入居者の間で「賃料を減額する」「ペット飼育を許可する」といった個別の合意(口約束を含む)がなかったか確認するため。
家賃保証会社との保証契約関係書類 オーナー変更に伴う名義変更手続きを行うため。手続きを怠ると、滞納発生時に保証会社の対応を受けられないおそれがあります。

前オーナーと入居者との間で過去に交わされた書面や合意の有無は、現在の正しい契約条件を把握するだけでなく、将来的な条件変更を申し入れる際の大前提となる判断材料です。もし過去の覚書などが紛失している場合は、物件の引渡し前に、前オーナーを通じて入居者へ確認をとり、当時の合意内容を明記した確認書等の書面を引渡し前までに作成することが重要です。

第5章 まとめ|オーナー変更時は契約書と引継資料の確認が重要

賃貸物件を取得した新オーナーは、現行の賃貸借契約書を含め、前オーナーと入居者との間で交わされた覚書、変更合意書、保証会社関係の書類なども確認し、契約関係を正確に把握しておく必要があります。
賃貸借契約では一般的なひな形が使われることもありますが、不動産は物件ごとに事情が異なります。そのうえ、契約書の内容は退去時の原状回復や滞納対応、保証人への請求などに大きく影響します。
トラブルを未然に防ぐためにも、契約書や前オーナーとの引き継ぎ内容に不安がある場合は、私たちNexill&Partners那珂川オフィスまでお気軽にご相談ください。

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