「独身だと思って付き合っていたのに実は相手が既婚者で,奥さんからいきなり慰謝料を請求されてしまった」,「既婚者だとは知っていたのですが妻とは離婚調停中だと聞いていたので付き合っていました。しかし,本当はそんなことはなかったようで奥さんから慰謝料を請求されてしまった」このように慰謝料を請求されることはないと思っていたのにいきなり奥さんから慰謝料を請求されてしまうということは誰にでも起こりうることです。今回は,婚姻している男性と付き合っていた女性は必ず慰謝料を支払わなければならないのかという点についてお話ししたいと思います。
1 不倫相手に慰謝料請求できるの?
そもそも浮気をした張本人である男性だけでなく,その相手である女性も慰謝料を支払わなければならないのでしょうか?
結論から言いますと,既婚者の男性と付き合っていた女性は,慰謝料を支払わなければならない場合があります。「場合がある」という表現にさせて頂いたのは,客観的に夫婦の婚姻関係が破綻している場合や,婚姻状態にあることを知らず,知らないのもやむを得ないという事情がある場合等は,慰謝料は発生しないからです。なお,不倫発覚後も婚姻関係が継続している場合でも慰謝料は請求できますが,離婚に至った場合は慰謝料の増額要素となります。
2 どんな場合に請求できるの?
先程,婚姻関係が破綻している場合や,女性が婚姻状態にあることを知らず,知らないのもやむを得ないという事情がある場合や等には支払わなくてもいいとお話し致しましたが,具体的にはどのような場合がこれにあたるのでしょうか。ご説明させて頂きたいと思います。
(1) 婚姻関係が破綻している場合
先程も述べましたように実際に婚姻関係が破綻している場合には慰謝料請求をすることはできません。既に婚姻関係が破綻しているのであれば,婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的利益があるとはいえないからです。
とは言っても,裁判所は,婚姻関係が破綻しているかについてはかなり慎重に判断しています。それでは,実際にどのような事案において婚姻関係が破綻していると判断しているか見てみたいと思います。
〈婚姻関係が破綻していたと認定した事案〉
・男性は,平成23年1月,妻との信頼関係が失われ,婚姻関係の継続が困難であると考え一旦別居しましたが,その後,同居を再開しました。しかし,妻と男性は精神的・経済的な信頼関係を回復することが出来ずにまた別居することになってしまいました。妻も同年6月頃には,男性に対して書面を交付して離婚に向けた協議を開始していました。このような事案において,妻と男性との婚姻関係は,遅くとも平成23年6月頃までには修復は著しく困難な程度に破綻していたと認定しました。
〈婚姻関係が破綻していないと認定した事案〉
・夫Xは,昭和60年頃,Aという女性と不貞関係にあったために,妻が夫に対して離婚調停を申立てる等,XY間の婚姻関係は破綻に瀕していました。その後,二人は別々の部屋で就寝するなど,家庭内では精神的に形骸化した生活を続けており,夫Xが妻Yに不貞を謝罪するといったこともありませんでした。しかし,夫婦の間でも平成7年頃まで肉体関係があったり,平成10年頃まで子供を連れて家族旅行に一緒に出掛けたりするなど表面的には平穏な家庭生活が営まれていました。このような状況で,平成13年頃から妻Yが男性Bと交際し始めたため,夫Xが男性Bに対して,不貞に基づく慰謝料請求訴訟を提起しました。このような事案において裁判所は,XY間の婚姻関係は破綻していないと認定し,慰謝料請求を認容し,妻Yに対して100万円の支払いを命じました。
以上のように,別居していたことや離婚を申し込んでいたことといった外形的な事実は破綻を根拠づけるような事実ではあるのですが,結局のところ,婚姻関係が破綻しているか否かは個々の事実単体で判断するわけではなく,諸事情を総合考慮して判断されるため,画一的な判断基準があるわけではありません。
(2) 婚姻状態にあることを知らなかった場合
さて,(1)では客観的に婚姻関係が破綻していたかどうかということについてお話しさせて頂きましたが,ここからは客観的に婚姻関係が破綻していたかではなく,既婚者の男性と交際していた女性がどう思っていたのかについてお話しさせて頂きたいと思います。
既婚者である男性と交際していた時点で男性に妻がいることを知っているとき又は知ることができたときは,交際相手の女性は慰謝料を支払わなければなりません。もっとも,これを逆に言えば,女性が男性が既婚者であることにどうしても気付けないような場合であれば,慰謝料を支払わなくてもいいことになります。
もっとも,裁判所は「既婚者と知りませんでした」と言っただけでは慰謝料を支払わなくてもいいと判断してはくれません。婚姻状態にあることを知らなかったと主張する場合,男性が婚姻していないと言っているメールなどだけではなく,周りの状況たとえば男性がどのような部屋に住んでいるだとか男性との交際期間であるとかの事情をも踏まえて主張する必要があります。
(3) 二人が上手くいっていないと思っていた場合は?
では,例えば交際している男性から「妻とは上手くいっていない」と言われていた場合のように,婚姻していること自体は知っていたのですが,二人が上手くいっていないと思っていた場合,どうなるのでしょう?
裁判所はこのような反論をあまり認めることはありません。女性が交際相手の男性の話を信用していたとしても,ただそれだけで女性の責任が直ちに否定されることはありません。既婚者の男性からの言葉は疑ってかかることが常識だからです。参考までに2つ裁判例を紹介いたします。
・女性は妻と同じ職場で勤務しており,男性が女性に対して夫婦関係は破綻していると説明している事案において,男性の説明を鵜呑みにして漫然と浮気を継続したとして不法行為を認定しました。
・上手くいっていないと言っていたことに加えて,男性がゴルフに頻繁に参加していたという事実があるとしても,婚姻関係が破綻したと信じたことには過失があり,不法行為を認定しました。
・女性が男性からだけはなく,その勤務先の人からも恐妻家であり束縛されていると聞いていた事案において,いずれも夫の一方的な言い分や職場における噂話のたぐいにすぎず,その旨信じたことについて相当の根拠があったとはいえないとして不法行為を認定しました。
3 彼氏が慰謝料を既に支払っている場合にも払わないといけないの?
もっとも,仮に慰謝料を支払わなければならないとなったとしても既に夫が妻に慰謝料を支払っていた場合はどうでしょう?
妻に対して慰謝料を支払わなければならないのは,女性と夫の二人で妻を精神的に傷つけたからです。そのため,その二人は共同不法行為者として連帯して慰謝料を支払わなければならないことになります。しかし,この慰謝料支払債務は,法律用語では,不真正連帯債務と言って,一方が義務を履行した場合,その限度で他方の義務は消滅することになります。
よって,共同不法行為者の一人である夫が全額を支払っている場合,女性は妻に対して慰謝料を支払う必要はありません。もっとも,妻への慰謝料を全額負担した夫から女性に対して,女性の責任の割合に応じて求償を求められることはあります。
4 まとめ
いかがでしたでしょうか?女性が交際相手の男性を独身者と思っていた場合でも慰謝料支払義務があるのかというテーマでしたが,結論としては,ケースバイケースであって,事案ごとに様々な事情を総合考慮して判断されることになります。女性が「独身だと思っていました」と言ったことや男性が「独身だ」と嘘をついていたことは,判断の一事情であって,それのみで決まるものではありません。そのため,どのような事案でどのような結論になるのかというのは多くの経験を積んでいる弁護士の判断が必要になってきます。
また,慰謝料は先ほども述べたように男性か女性かのいずれかが妻に対して支払っていれば,その分慰謝料請求権は消滅するため,男性の協力が得られれば,負担額を調整して協議を進めることも可能です。しかし,妻から女性に対して慰謝料請求をされた段階で,女性は既に男性と交際を解消しており,男性と連絡が取りづらいこともあります。このような場合には,冷静な視点を持った第三者を入れることが解決の秘訣です。
したがって,経験豊富な弁護士に依頼することで適切な解決を図ることができるでしょう。