歩行者が赤信号で飛び出し、事故になった場合も、実務上の過失割合の算定では、車側にも一定の責任が課されるケースが多いのが現実です。本記事では、歩行者が信号無視をした場合の過失割合の基準や、車側が不利になりやすい理由、そして不当な過失相殺を避けるための反論軸について、裁判実務の視点から弁護士が分かりやすく解説します。
第1章 歩行者の信号無視でも車側の責任はゼロにならない?
1-1 なぜ、信号無視の歩行者相手でも車に過失がつくのか
「自分は青信号で走っていて、歩行者が赤信号で飛び出してきたのだから、自分に非はない」と考えるのは、多くのドライバーが共感する感覚でしょう。しかし、日本の交通裁判や実務においては、歩行者が信号無視をした場合であっても、車側の過失が「ゼロ(車0:歩行者100)」になるケースはそれほど多くありません。
その最大の理由は、自動車の運転者には「前方注視義務」や「安全運転義務」という重い法的義務が課せられているためです。この義務によって、相手がルールを破っている場合も、「歩行者が飛び出してくる可能性を予見し、回避できたのではないか」という点が厳しく問われることになります。
歩行者が赤信号で横断を開始したとしても、車側が遠くからその姿を確認できたはずであれば、ブレーキ操作やハンドル操作によって事故を回避する余地があったとみなされ、過失が認定されてしまうのです。
1-2 過失割合の判断で考慮される「優者危険負担の考え方」
交通事故の過失割合には、車両が歩行者より重大な被害を生じさせやすいという事情から、運転者に高度の注意義務が求められやすい、という考え方があります。そのため、実務上の基本割合では、車が青信号、歩行者が赤信号の場合でも、事故類型によっては出発点として「車20:歩行者80」が示される場面もあります。
もっとも、過失割合はこの考え方だけで機械的に決まるものではなく、最終的には事故態様や予見可能性・回避可能性など個別具体的な事情を踏まえて判断されます。
第2章 【状況別】過失割合はどう変わる?修正要素のパターン
2-1 車側の過失が増える「加算要素」のよくある例
基本の過失割合から、車側にさらに厳しい判断が下される「加算要素」には以下のようなものがあります。
速度超過(スピード違反)
速度超過の程度によって車側過失が加算されることがあります。例えば、制限速度を15km以上、あるいは30km以上オーバーしていた場合は、回避能力を自ら低下させたとみなされ、目安として過失が10%〜20%程度加算されることがあります。
著しい過失・重過失
スマホ操作などの脇見運転、居眠り運転、酒気帯び運転などは重い過失となり、車側の責任が増えます。
住宅街や商店街などの場所
歩行者の飛び出しが予見されやすい場所では、より高度な注意力が求められるため、加算の対象になる傾向があります。
歩行者が子供、高齢者、障害者
いわゆる「交通弱者」が相手の場合、車側にはそれを保護する特別な義務があると考えられ、過失が加算される場合が多いといえます。
2-2 歩行者側の責任が重くなる「減算要素」のケース
基本の過失割合から、車側の責任が軽減(歩行者側の過失が増加)される要素を「減算要素」と呼びます。これは、歩行者が通常以上に危険な行動をとった場合や、車側にとって事故回避が極めて困難だった事情がある場合に適用されます。
直前直後の横断・飛び出し
車がすぐ近くまで来ているのに無理に横断を始めたり、急に走り出したりする行為は、歩行者側の大きな落ち度として過失が加算される可能性があります。
ふらつき・立ち止まる
泥酔してふらふらと歩いていたり、突然立ち止まるなど、運転者が予測しづらい不自然な動きをしていた場合は、歩行者側の過失として加味されることがあります。
幹線道路での信号無視
車の往来が激しく、スピードも出やすい幹線道路を信号無視で横断することは、住宅街などと比較して歩行者の危険義務違反がより重く評価されることがあります。
夜間などの視認不良
夜間であること自体が歩行者の過失になるわけではありませんが、車側から見て歩行者を発見することが昼間より難しくなります。そのため、暗い場所での信号無視は「車側の回避可能性が低かった」とみなされ、結果として歩行者側の過失割合を5%〜10%程度引き上げる要素として扱われるケースがあります。
第3章 警察・保険会社の判断と法的評価が異なる理由
3-1 警察が判断する「過失」と民事上の「過失割合」は別物
多くの人が混乱するのが、警察の判断と保険会社の提示のギャップです。
交通事故が起きると、警察による実況見分が行われます。この際、警察官から「歩行者が信号無視をしているから、あなたに刑事罰が下ることはないでしょう」といった言葉をかけられるかもしれません。ここで注意が必要なのは、警察が扱うのはあくまで刑事責任(罰金や懲役)や行政責任(免許の点数)の話であるという点です。
一方で、損害賠償金の支払額を決める「民事責任」は、警察の判断とは別の枠組みで議論されます。刑事的に「罪に問われないこと」と、民事的に「過失がゼロになる」ことは同義ではありません。警察が不問にしたからといって、民事上の責任がゼロになるわけではないという点に注意が必要です。
3-2 保険会社が提示する過失割合は必ずしも正解ではない
事故後、保険会社の担当者から「今回のケースでは過失割合は80:20になります」などの提示を受けることがあります。この数字は、保険会社が過去の膨大な裁判例をパターン化した基準に照らし合わせて算出したものです。
しかし、保険会社の担当者は事故の現場を直接見たわけではありません。担当者の判断は書類や図面などの資料に依存しやすく、修正要素が十分に検討されないまま提示されることもあります。そのため、個別の事故における「歩行者が急に走り出した」「車側からは死角で見えなかった」といった特殊な事情(修正要素)が十分に反映されていないケースも少なくありません。
提示された数字を「これが妥当なのだろう」だと思い込み、慎重に確認しないまま示談に応じてしまうと、本来支払わなくてよかったはずの損害賠償金を負担することにもなりかねません。
3-3 裁判例が重視する「事故現場の客観的状況」
実務において、過失割合を算出する際に使用されているのが、「別冊判例タイムズ(民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準)」という実務書です。これは、過去の膨大な裁判例を分析し、事故の類型ごとに基本の過失割合とそれを増減させる修正要素をまとめたものです。裁判官や弁護士、保険会社はこの基準表をもとに議論を進めます。
例えば、「車が青信号、歩行者が赤信号で横断」という類型であれば、基本の割合は「車20:歩行者80」と記されています。ここを起点として、夜間であれば歩行者に+5%、住宅街であれば車に+5%といった調整を行っていきます。
こうした資料に加え、裁判所が重視するのが客観的な証拠です。信号の色、衝突時の速度、歩行者がどの地点から横断を始めたかなど、当事者の記憶よりも物理的なデータに基づいて判断を下します。最近では、ドライブレコーダーの映像があれば、それが重要な客観的証拠となり、保険会社が提示していた定型的な過失割合が覆ることもあります。
第4章 車側が不利になりやすい判断ポイントと法的責任
4-1 動静注視不備を指摘されやすい場面
信号無視の歩行者との事故で、ドライバーが指摘されやすいのが「動静注視不備」です。これは、「歩行者がいることは見えていたはずなのに、その動きをしっかり見ていなかった」という責任です。赤信号なんだから止まるだろう、という思い込み(信頼の原則の限界)があると、歩行者が動き出した瞬間の対応が遅れます。裁判所は「歩行者が不審な動きをしていれば、止まるだろうと過信せず減速すべきだった」と評価する傾向があるため、争点になりやすいです。
4-2 行政処分(点数)や刑事罰(罰金・起訴)への影響
刑事と行政は別手続ですが、速度や前方注視状況など事故態様の評価は共通する部分があるため、事実関係の整理と証拠提出が重要です。
もし、速度超過や前方不注視など運転者の注意義務違反が認定され、相手が重傷を負っている場合は、過失運転致死傷罪に問われる可能性があります。
過失割合で自分の正当性を主張することは、免許を守り、前科がつくのを防ぐという意味においても重要といえます。
第5章 納得できない過失割合に反論するには
5-1 ドライブレコーダー映像の解析で客観的証拠を示す
現代の交通事故において、強力な反論ツールとなっているのがドライブレコーダーです。
• 自車の信号が確実に青だったか
• 歩行者がどれほどの速度で飛び出してきたか
こういった点について映像等から、運転者に予見可能性・回避可能性が乏しかったことを具体的に示せれば、過失割合の修正につながる可能性があります。
5-2 実況見分調書の取得と内容の精査
事故直後に警察が行う実況見分の結果をまとめた書類は、後日「実況見分調書」として確認できます。ここには事故現場の図面や、ブレーキ痕、見通しの状況などが記録されています。弁護士を通じてこの書類を取り寄せ、内容を確認することで、警察の調査漏れや、相手方の言い分の矛盾を指摘できる場合があります。
5-3 事故現場の目撃者確保と客観的証拠の積み上げ
目撃者の証言も重要です。信号無視をした歩行者は、自分の非を認めたくないために「自分も青だった」と主張を変えることがあります。付近の防犯カメラ映像や、第三者の目撃証言を早期に確保することで、事実関係を正しく認定させることができます。
第6章 弁護士に相談すべきケースとメリット
6-1 歩行者の信号無視で相談した方がよいケース
歩行者の信号無視で事故が起こった場合も、実務では厳しい判断を下される局面が多々あります。特に以下のようなケースでは、早期に弁護士へ相談し、適切な防御姿勢をとることをおすすめします。
相手(歩行者)が事実と異なる主張をしている場合
「自分は青信号だった」「車が猛スピードで突っ込んできた」など、歩行者側が嘘の供述をしている場合、証拠に基づいた客観的な反論をしなければ、その言い分が通ってしまうおそれがあります。
保険会社から「車側の過失はゼロにならない」と一方的に言われている場合
保険会社は定型的な基準を提示しますが、個別の事故における「回避不能であった事情」を細かく考慮してくれるとは限りません。
歩行者が重傷を負っている、あるいは亡くなっている場合
損害賠償額が数千万円単位になることもあり、過失割合が5%違うだけで、負担額や受け取り額に数百万円の差が生じることが想定されます。
目撃者がいない、またはドライブレコーダーを設置していない場合
客観的な証拠が乏しいケースでは、現場の状況から論理的に事故を再現し、主張を組み立てる専門的な技術が必要になります。
なお、これらの相談にかかる費用については、ご自身の保険の「弁護士費用特約」を利用すれば、実質的な自己負担なしで専門家のアドバイスを受けられる可能性があります。
6-2 弁護士基準(裁判基準)による損害賠償額の適正化・増額
弁護士を介入させる具体的メリットの一つが、損害賠償金の算出基準が「弁護士基準(裁判基準)」に引き上げられることです。通常、保険会社は自社の内部基準(任意保険基準)で賠償額を提示するため、裁判基準と比較すると金額が低いことも多く、ご自身にとって不利になる場合が少なくありません。
例えば、歩行者側から過大な慰謝料や損害賠償を請求されている場合、弁護士は過去の裁判例に照らして、その請求が妥当かどうかをチェックします。不当に高い請求に対しては、裁判基準に基づいた適正な金額まで引き下げる交渉を行います。また、運転者自身も怪我を負っている場合、保険会社が提示する低い基準(任意保険基準)ではなく、より高額な弁護士基準で損害を計算し直すことで、受け取るべき補償を増やせる可能性があります。
6-3 刑事罰や行政処分(免許取り消し・停止)を回避・軽減する
人身事故となった場合、民事上の過失割合とは別に、捜査機関による「刑事責任」と公安委員会による「行政責任」の追及が進みます。たとえ相手の信号無視が原因であっても、歩行者が怪我をしていれば、運転者は過失運転致死傷罪に問われ、重い罰金刑や免許停止などの処分を受けるリスクがあります。
弁護士は、事故態様を法的に分析し、警察や検察に対して「歩行者の信号無視が事故の主たる原因であり、運転者には予見可能性・回避可能性がなかった」ことを論理的に主張します。事故態様が適切に反映されるよう、映像・写真等の資料を提出し、適切に主張・立証することで、不起訴となる可能性を高められる場合や、処分の軽減につながる可能性があります。
6-4 複雑な交渉の窓口を一本化し、精神的負担をやわらげる
交通事故の解決までには、相手方の保険会社との煩雑なやり取りや、時には感情的になった歩行者本人・家族からの直接的な連絡に対応しなければならない場面があります。特に「相手がルールを破っているのに、なぜ自分が加害者扱いされるのか」という理不尽なストレスは、日常生活や仕事に大きな支障をきたします。
弁護士が代理人となることで、すべての交渉窓口を弁護士に一本化できます。法的な根拠に基づいたやり取りは弁護士に任せ、ご自身は普段の生活を取り戻すことに専念できます。
第7章 歩行者の信号無視による事故でお困りの方へ
本記事では、歩行者の信号無視における過失割合の考え方について解説してきました。
• 実務上、車両側には高度の注意義務が課されやすい
• 場所、時間、ドラレコの有無などで過失割合は修正できる可能性がある
• 保険会社の提示を鵜呑みにせず、客観的証拠に基づいた反論が重要
信号を無視した歩行者との事故は、ドライバーにとって心理的にも納得しがたいものです。法的・実務的なポイントを正しく把握し、適切な証拠を積み上げることで不当な不利益を被らないよう正当な権利を守り、納得感のある解決へと導くことはできます。
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